Dr.354 無くしたものを数えるな(5月29日)
気合を入れて「空白の一日」をどう過ごしたのかと言えば、結局、溜まっていた雑用処理を除けばとサウナと筋トレだった。結局自分がしたいこと、好きなことはサウナで汗を流し、トレーニングで汗を流して夕食に美味しいお酒(ビール&焼酎等)を飲むことだということが分かった。自分が美味しい晩酌を飲むために生きているということが分かってショックだったが、その時ラジオから「無くしたものを数えても仕方ない、前を向いて生きて行こう、だんだんよくなる だんだんよくする」というような歌が聞こえてきて胸にしみた。無くしたものは気になるが、生きがい、仕事、お金、若さ、体力、記憶力(これを無くしたおかげでもっともっとあるはずのこれまで無くしたものがこの程度しか思い出せない)等、いくら数えても嘆いても返ってこない。帰ってこないモノをいつまでも気にするのはエネルギーの無駄、建設的でないことは思考力を無くしつつある頭でも理解できる。なかなかスパッと割り切れはしないが、歌の歌詞ではないけれど、無くしたものばかりを気にせず、今あるものや恵まれているコトに感謝しながら、今出来ることや自分に出来る「貢献」をしていきたい。これもホントにそう思うけど、実際には今晩も無くしたものを数えながら酒を飲むのでしょう。
☆空白の一日は結局、お気に入りのモーニングを食べてちょっと大学へ行って、水辺のある公共の風呂屋でサウナに入ってトレーニングで汗を流して、一杯やって快眠した。これで無くしたものを数えなければ結構いい時間の過ごし方をしたかもしれない。



Dr.353 空白の1日(5月28日)
今日は久しぶりに特に予定の決まっていない空白の1日だ。しなければならないこともあると言えばあるが、後日に回してないと言えばないようにすることが出来る日だ。こういう日こそ余裕を持ってゆったりと過ごしたら良いのだろうが、酉年バタバタ症おまけに何かしていないと不安になる貧乏性ドクターとしては落ち着かない。定年後生活者にとってもこの空白の1日、何も予定のない日は危険だ。定年後生活者を元気にする「きょういく」(今日行くところがある)、「きょうよう」(今日用がある)にも反する、これが続くと定年後人生の危機につながるらしい。これを防ぎたいと4月からいろんな用事や業務、役を引き受けて超バタバタで今日まで来て、それはそれでしんどかったが毎日人との関りもあり退屈を感じる暇もなかった。充実していたと言えば充実していたとも言える。何度か言うように、忙しさとゆとりのバランスが丁度よければ一番いいが、人生そうは問屋が卸さない。だとすれば性格的にも、定年後生活指南書的にも、毎日何かの用事がある方が自分にはあっているようだ。そういえば昔「忙中閑あり」の言葉を書いて、今でも部屋に貼ってある。人の性格や本性ってそう変わらないので、ドクターとしては昔から身辺を忙しくしておいて、その中に息抜きを入れるのが得意と言うのかそういう生き方を目指していたようだ。とはいっても定年後いつまでも仕事や用事のある毎日が続くとは限らないので、そういう時にどうするかにも慣れておかなければならない。とりあえず本日の空白の一日を上手く過ごして練習しよう。
☆本日は雨で日課の傘さしランニング(ピントあってません)を終えた後は農作業も出来ず空白の一日だ。写真も特にテーマのない自宅軒先の山の芋グリーンカーテンとお向かいの屋根にとまる小鳥。やはり毎日はテーマ(やるべきこと)のある忙しい時間で埋まっている方がピントもあって良いのだろうか。




Dr.352 人それぞれ悩みあり(5月27日)
いつも行くトレーニングセンターでよく顔を合わせる人に思い切って「いっぺん飲みに行きませんか」と声をかけた。ドクターよりもいくつか年上のおっさんだ。退職されているようで昼間の一般的でない時間にお会いすることも多い。気が合って(と勝手に思って)会えば必ず2こと3こと言葉を交わす。定年後の男子は地域に友達がなく孤立しやすいというのを読んだので、もっと仲良くなれるかと思い勇気を出して(しかし表面上はさりげなく)声をかけたのだが、その人曰く自分は血圧が高く運動すれば下がる、医者に自分はいつでも自分で血圧をコントロールできるから大丈夫と言ったら叱られた。やはり飲みすぎや食べ過ぎに注意していないと今後何かあっても知らないぞと言われたという。話の要領を得ないが、要するに一緒に飲みに行きたいのは行きたいが、身体のこともあって飲酒は制限されているので今は行けないということらしい。元気そうな方だったのでそんな健康上の悩みを抱えておられるとは思いもよらなかった。話は変わって地域の飲み会で一緒に盛り上がった40代男性は家庭的な悩みを酔った勢いで話してくれた。こちらも酔った勢いでいろんな話をした。要するにみんな外からは元気そうや幸せそうに見えても、それぞれ悩みを抱えているということだ。当たり前と言えば当たり前だが、偶然内実を聞く機会が重なり、自分も含めて元気で何不自由なく暮らしているように見える人もいろいろな問題を抱えていることが分かった。悩みを抱える同士の皆さん、問題を解決しようとか何とかしようなどと思わず(簡単に解決できるぐらいなら問題とは言わない)、それはそれとして自分のなすべき日常の細々としたことをたんたんとやって行きましょう。そうすれば思わぬ嬉しいことや問題を解決できることもあるかもしれません。
☆問題は問題、悩みは悩みとして、黒豆畑の準備はしなければならないので、草の生えた田んぼを耕して畑にしました。畝は曲がってますけど気にしてる場合ではない。この日も何とか終わり美味しい一杯飲んで眠れました。サンキュー。




Dr.351 tomorrow is another day (5月25日)
友だちと姫路の喫茶店に入ると入り口にこの「tomorrow is another day(明日は別の日)」の言葉が掛っていた。「明日は明日の風が吹く」などいろいろと解釈されるようだが、ドクター的には「今日一日が(辛いことが)いろいろあっても、明日は明日で別の日だから良い流れになるかもしれない(だから落ち込みすぎないで行こう)」みたいな感じで解釈しました。その時の彼が「私も過去には大きな失敗したんですよ」と話してくれたこととだぶってこの言葉が響いた。彼もこれで人生が終わりと思うほど追い詰められたらしいが、今は別の世界で期待され重要な役割を果たしている。明日(1年後10年後も含めて未来)は別の日(時間)がやってくるのだから、しんどいことがあっても諦めないでくさらず別の日(時)を待とう。別の流れの明日は必ずやってくるのだから、その日を楽しみに今日の仕事(業務・飲み会:これは今日のドクターの予定ですみません:も含めてやる流れになっていること)に精一杯取り組んで行こう。生物的にいつかは明日がやってこない日も来るだろうが(天寿を全うした場合)、それはそれでもはや明日の心配はしなくて良いのだから、ともかく上手く行っている時は感謝しながらその時間を楽しみ、辛い時は明日の別の日を楽しみに何とかその時間を生き抜き、みなさん元気に時を紡いでいきましょう。
☆この日はこの言葉が掛った喫茶店でおいしいランチを頂いた後、このようなきれいな花が掛った温泉で一風呂浴びて帰りました。バタバタの日が続いてますが、時にはこんな好い日(時間)もやってきます。できればこんな日が続きますように。あっ、でも明日はanother day か、気を付けながらボチボチ行こう(自分に呼びかけています)。


Dr.350 夢の跡(5月24日)
市内のかつての別荘地を訪れた。かつては何件もの家が建てられていたと思われるが、今は住む人もなく荒れ果てている。広い道路もついているが、今では落ち葉が積もり凸凹で倒木もある。一斉に立ち退かれたのか、徐々にいなくなられたのかは分からないが、そこかしこに子どもの人形や盥や机や椅子がほったらかしになっており、かつてここで子育てが行われてたことや多くの人が住まわれていたであろう賑わいと現在の誰も住まれていない荒れ果てた現実のギャップが心に沁みる。バブル期にしても別荘を持つことが出来たほど華やかな生活を送られた皆さんの夢の跡を目の当たりにして、人生の移り変わりと永い時間に思いを馳せた。日々生きていると目の前の出来事に一喜一憂するが、永い時間で見ると、大した違いはない。かつての財産も今は税金だけがかかる負の遺産かもしれない。現在物心ともに豊かに暮らしている人もそうでない人もその暮らしは永遠ではない。豊かだと言って奢らず、貧しいと言って腐らず、精一杯自分のなすべきこと、役回りを勤めたい。できれば同時代を共有しながら生きるご縁の仲間同士、つながって支え合っていきましょう。
☆かつての夢の跡も今は自然の中。人間の営みの儚さと自然の悠久を感じた。そこを感じながらも今をバタバタ生きるドクターの生き方は変わるのか。変わればいいな。でもまあボチボチ行くか。





