Dr.1552 幸せの感度を落とさない(3月3日)
毎日が忙しくバタバタと過ぎる。思い通りにならないことや不安もやってくる。でも何やかやと言っても、元気で食べれて眠れて毎日やる事がある。いろんな方から元気をもらう言葉や笑顔をもらう。
これは幸せなことである。日々の慌ただしさに紛れて、幸せの感度を落としてはならない。日々生かされていることが有難い、この世に生まれて、家族とやる事に恵まれて生きている。これって、とても幸せなことだ。
時には、厳しい言葉や態度にも出会うが、永遠に続くわけではない。何やかやと工夫しながら、やりくりするうちに何とかなる。何とかならなくても、どこかへは落ち着く。
落ち着いた先を受け入れながら、日々を機嫌よく生きるには、やはり感謝の心、有難いと思う心が欠かせない。感謝に対する感度を上げて、幸せ感度も上げて、もうすでに十分幸せであることを噛みしめながら、今日一にも感謝のうちに幸せを感じて終えたい。
☆元気に挨拶して登校する子どもたちに会えました。ありがたいことです。幸せなことですね。身の回りに溢れている感謝・幸せを見落とさないようにしましょう。
Dr.1551 甘い人(3月2日)
ある会合で「そんな甘い対応ではだめだ」と叱られた。確かに自分は甘い人間だと思うが、「教育には強制ではなく、本人の主体性が大切で、主体性に効くのは憧れや感化や面白さ(興味深さ)だ」という信念がある。
強制で始めれば、反感や嫌悪感を生み、結局成長に結びつかないという思いがある。これが原則だが、状況によっては半強制と言うのか、誘導というのか促しと言うのも、時にはあるかもしれないとも思っている。
何とも中途半端、生ぬるい考えだとも言えるが、そこが甘いと言われたのかもしれないが、根本的には他人に強制するのは嫌だという思いがある。
いろんな働きかけ、動機で、その人が動いて、良い方に事態が進んで行くというのはありだと思うが、どんなやり方がいいのかは一概には言えない。その時の諸条件を考えてということになるだろうが、ドクター的には他人にやさしく、自分にもやさしくが自分のスタンスです。
これだから甘い人と言われるのだろうが、何と言われようと「やさしさ」は大事にしたいと思っています。ここはこだわってますね。
Dr.1550 もう3月(3月1日)
「もう3月やね」と家で話した。あっという間に時がたつのは、良いような悪いような。良くも悪くも実感としては確かにある。こんな感じで人生が進んで行くのは、良いのかよくないのか。よくは分からないが、実態としてはそのように進んで行く。
時が早く過ぎるのが良くないのであれば、じっくり味わいながら時を刻むのがいいのだろうか。じっくり時を味わうと言っても、時間は刻々と過ぎて行くので、味わうとしたら後から振り返りながらということになるのだろう。
人生のいくつかの地点で、これまでの人生を振り帰って、思い出を味わうのは豊かな時間だと思うが、思い出振り返りばかりで過ごしてもなあとも思う。とすれば、新たな思いでつくりにはあっという間に過ぎる時間でドタバタ過ごして思い出になる出来事をつくっていくしかない。
ここまで考えて分かったのだが、日々があっという間に過ぎていくということは有難いことだ。後から振り返って、思い出をいっぱいつくっているということだろう。そう思って今日もバタバタの時間を紡ぎますか。「ぼちぼち行きましょう」という言葉は大事にしてますが、これはバタバタ時間過ごしの中に、ゆとりを持てという自分への忠告のような気もします。バタバタぼちぼち、こんな感じで行けたらいいですね、毎日も人生も。
☆バタバタの帰り道で見た美しい風景。バタバタボチボチ、こんな感じでしょうか。