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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.1470 流れを信頼しきれるか(12月4日)

 自分の思いにとらわれ過ぎず、ご縁や流れを信頼して生きて行く。この方針で生きていて、上手く行っている時はあんまり問題ないが、問題は上手く行かなかった時だ。

 上手く行かないというのは自分の思いや計画と違うということだから、自分の思いにこだわらないという方針にその時点で反しているのだが、やはり人間全く自分の思い、こうなった方が良いという思いからは直ぐには脱しきれない。

 そんな時には、大きな力は自分に何故このような試練を与えるのですかと、思わず嘆き節を言いたくもなるが、どうしようもないので、出来ることに努めるしかない。

 そのうち状況が改善すると、今度は喜んで流れに感謝したり、嬉々として人生・事態を進めて行き、あんまり流れを意識することも無くなる。

 本当に勝手なものだと思うが、まだこんなぐらいの悟りにしか達していない。上手く事が運ばない時でも、全く動じず、全く流れを疑わず、機嫌よく人生・事態を進めて行ける、そんな域を目指して精進を続けます。

 まあボチボチですけど。あんまり進歩しているようにも思えないけど(進んでいるのは年齢だけです)、進むしかないので、やれることをやって行きたいと思います。皆様ご一緒にボチボチ生き易い考え方を追い求めて行きましょう。

 ☆昨日は写真撮らなかったので、前に撮った奴です。今はモミジの葉っぱは一つもないです。生き方はそんなに進まないけど、季節・日時だけはどんどん進んで行きます。

Dr.1469 長い一週間(12月3日)

 いろんな出来事があり長い一週間だった。悩んだり喜んだりいろいろあったが、一喜一憂しないで、特に「一憂」しないで行くには、自分の思いにこだわらない・とらわれないで流れに任せて柔らかく生きて行くことが大事と悟った週だった。

 自分の思いにとらわれず、柔らかく生きて行くと、自分としては比較的穏やかに生きて行けるのだが、その結果迷惑をかける人が出てこないかと気になっている。自分の意思を全く持たなくてもいいのかという迷いもまだ吹っ切れていない。

 自分の生き易さだけを考えた生き方もどうかと思うが、自分が生き易いというのも大事なテーマだ。自分の幸せと周りの人の幸せが両立すれば一番いいが、ここがなかなか難しい。

 少しは生き易くなったかと思えば、また次の課題が出て来る。なかなかより生き易い人生に向かう求道の道は究められないが、止めるわけにはいかないし、止めたくもない。最後まで、求道の旅を続けたい。出来れば笑顔で、出来るだけ周囲に喜んでもらいながら。

 幸い、昨夜出会った旧知の人々はドクターが「いろいろストレスがあって(大変なんです)」と言ったら、「(あんたには)そんなもんはないやろ」と笑顔で応じてくれて、ドクターはストレスを感じない元気な奴と思われているようだ。見かけ通りになるよう、内心も元気でいきたい。

 ☆今朝容器に張っていた氷を素手で割って、血がにじんだ拳。幾つになってもあんまり進歩してませんんね。求道の道も遠いかも。

Dr.1468 苦を無くするには(12月2日)

 ストレスが少し無くなったりもするけど、またしんどくなったり。常に心穏やかに、苦を無くした状態でいるにはどうしたら良いのだろう。

 苦とは思い通りにならない状態。だとすれば、思いを持たなければいいということになる。流れ・ご縁を大事にする者としては、自分の意思(思い)よりも、天の意思(流れ・ご縁)を大事にするのは受け入れられる考え方だ。

 これが分かっていれば、苦も無くなり、日々が心穏やかに幸せに暮らせるはずなのだが。まだそうなっていないというのは、修行が足りず、自分の思いや怖れにこだわっているからだろうか。

 少しづつは平穏な日々に近づいているようにも思えるが、時には自分の考え方をチェックしないと、また元に戻ってしまう。なかなか悟りきる境地には到達できないが、それでも自他の生のため、出来る限りの修行・心の整えを続けて行きたいと思います。ぼちぼちですけど。上手く行った考え方は、またこのブログなどで発信しますので、良かったら使ってください。

 ☆今日も写真ダメそうでしたが、配線替えたらアップできました。何でも変えてみるのもありですね。

Dr.1467 世の中は広い(12月1日)

 こんな人がいるだろうかと言うほどの奇特な人に出会った。何のゆかりもない市の子どもたちに文房具などを何十万円分も寄付し続けているという人だ。

 障害がある自分の子がかつて公共や学校にお世話になったので、その恩返しのつもりで寄付・プレゼントを続けているといわれる。

 比較的お金をお持ちの方や、晩年になって寄付をされる方は知っているが、現役世代でありながら、普通の会社員でありながら、自分の家庭の生活もありながら、稼ぎの一部を寄付する、それも何年間も続けるというのはそうできることではない。世の中は広い。こんな奇特な人もいるのだ。

  物価もあがる、先行きも不透明なこの時代、お金はいくらあっても、自分の生活のためや貯蓄をしておきたいと思うのが普通だと思うのに、人のために使う。

 これはもう生き方、何のために生きるにつながるという大きなテーマの中から出て来たことなのだろう。なかなか同じようにはできないが、他者や社会への貢献、人に喜んでもらえる生き方をするという大きなテーマはドクターも考えているので、自分にできる貢献を考えて行きたい。今回知ったこの人を刺激に、貢献一層力を入れていかなければならないと気合がはいっていますが、まあ例の通りボチボチ気合入れて行きます。

 ☆今日も写真上手くアップできません。気合の空回りでしょうか。気を付けます。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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