Dr.1318 自信喪失(7月14日)
上手く行かなくても何とか持ちこたえる力が重要とか何とか言っておきながら、ドクター自身はよく自信をなくす。自己嫌悪まではいかなくて、自分は好きだが、何であんなこと言うたんやろ、あんな風にとられるとは思わんかったなとか何とか反省して、元気を無くすことがよくある。
理屈としては、元気を無くしていても事態が好転するわけではないので、また切り替えてというのかそんなに簡単に切り替わらないとは思うけど、次に進んで行くしかない。
自分の性格や行動パターンはそう簡単には変わらないので、また、それを結構評価してくれる人もいるので、基本は変わらないとしても、少しは生き易く、反省が少なくて済む方向に改善しては行きたいとは思う。
後は流れに任すしかない。腹をくくって、流れを信頼して、前へ進んで行きます。これ自分に言い聞かせてますけど、自信を無くしやすい人、生きづらい人、ご一緒に楽に生きられる生き方考え方探って行きましょう。
☆昨日見せていただいた小中一貫校の統合して閉校した学校の展示。過去も大事です。

Dr.1317 ネガティブ・ケイパビリティ(7月13日)
ネガティブ・ケイパビリティというどうにも答えの出ない事態に耐える能力という概念を教えてもらった。
答えが出なくても耐えたり、はぐらかしたり、何とかして持ちこたえていくと、そのうち落ち着くところに落ち着いて事態が何とかなっていく。決して積極的な解決策・対処法でなく一見消極的ともとらえられる対処法だが、現実の世界では、がんばれば何でもか思い通り解決していくということはまずないので、この力と言うのか対処法と言うのか生き方は必要な考え方だと思う。
ドクターのずっと言っている、「何とかなる」に近いかもしれない。
人生は夢や希望を持って生きろというのとも似ていて、それはそうだがそういう生き方が出来る人ばかりではない。だとすれば、夢や希望は無くても何とか生きて行く、課題やしんどさは一杯あっても何とか生きて行く、その日の終わりの一杯を楽しみに何とか生きて行く、こういう生き方と言うのか時間の過ごし方があっても良い。というのか、きれいごとだけではなく生きて行かなければならない。
とすれば、何とか生を止めない生き方・考え方・対処法・力を持ちましょう。そのため、自分流の生き方楽思考が必要で、ドクターはこのところ「流れで生きる」生き方を推奨しているが、それに加えて今回のネガティブ・ケイパビリティだ。何でもいいから一つでも多く、自分の生を止めない、生き易くなる考え方を拾い集めて行きましょう。
☆ネガティブでも何でも、自分を楽にする考え方・哲学を見つけて行きましょう。

Dr.1316 過大評価(7月12日)
時々ドクターを過大評価する人がいる。ドクターのことをあんまりよく知らない人に多い。全然知らない人は過大も何も全く知らないわけだから評価もない。よく知る人や、良く知るようになった人には評価が低くなる。
悲しいことだが、ドクターの真の人間的魅力がないということか。いやいや前にも言ったが、チューインガム型人間のドクターは、はじめは美味しく、そのうちじきに味が無くなるけど、これをさらに噛み続けると味と言うのか慣れてきて離せなくなる。
過去にそこまで付き合った人はそういないが、幸い自分自身は最大の理解者として、ドクターのことを好きで評価しているのが救いだ。
それはともかく、昨日もドクター仕事場を訪ねて来られた方々は、「前にお勤めの学校では、その学校を全国的に有名にされた。その手腕を発揮して頂くのを期待しています」、また別の人は「ブログを書いておられ、発信が上手です」とか何とか評価してくださった。
いずれもそばで聞いていた、ドクターをよく知る職員はキョトンとしていたが、外部評価が高いのは悪いことではない。評価に答えなければならないと考えるとしんどくなるが、まあ評価が高くても低くても、自分のできることを出来る範囲でできるようにやるしかない。
それで評価が高かろうが低かろうがしょうがないが、自分の自分に対する評価だけは失わないようにしたい。それが結構高いので、「お気楽な奴」「お調子者」等と言われるが、その言葉は嫌いではない。まあみなさん、高温多湿のしんどい日が続きますが、ボチボチ自分に優しくいきましょう。
☆外部の過大評価を参考に、自分でも気が付かない力が自分にはあるのではないかと自己評価を高めるお気楽な奴。

Dr.1315 あるある人生(7月111日)
車検ができるのを待つ間に読書をした。高齢者を幸齢者と呼ぼうという筆者が推奨しているのが、「あるある人生」だった。幸齢者になると体力や記憶力などなくなるものが多いが、ないものを数えるより、残っているモノ、まだあるものを数えて生きる人の方が元気に幸せで暮らしている例が多いということだった。
確かにと思える内容に、ドクターもつい無くなりつつあるものに関心が行ってしまいがちだが、これからはまだあるもの、できることにフォーカスして毎日を送りたいと思った。
その一つが体力で、まだ百姓仕事ができる。自分で歩ける、身の回りのことが出来る。この出来ること、出来る力を使って行くと、さらに長持ちするとのことだ。確かに、周りのの農業従事者の方々は元気で長生きだ。
意識しないと、つい「ないない人生」になってしまうので、これからは意識的に「あるある人生」であるものを意識して、できること、やりたいことを中心に毎日を楽しんで生きたい。
みなさん、ちょっと無理してでも、「あるある人生」チャレンジしていきましょう。
☆上の写真が、車検待つ間のドクター、下がまだある体力使って黒豆畑の土寄せにかかる前のドクター。いろんなあるあるを大事にしたいですね。


Dr.1314 一瞬一瞬を大事に(7月9日)
ドクターとあまり歳の違わない元首相が凶弾に倒れて亡くなった。総理は辞められたものの有力な政治家として活躍され、その日も元気に応援演説中だった。
一瞬にして生が終わる冷徹な現実を目の当たりにした。ここまで劇的ではないにしても、私たちの生もいつかは一瞬にして無くなる。
普段は生の終わりのことなど考えず、日常のやるべきことにあくせくしている。それはそれで仕方ないが、毎日の瞬間瞬間を大事な時間として丁寧に扱う気持ちは持っておきたい。
惰性になっていると、その価値を忘れがちだが、生かされている、人間に生まれて、やることがあって、生活できていることに感謝しながら日々を送りたい。
元首相のご冥福をお祈り申し上げるとともに、自分の生のかけがえのなさをもう一度噛みしめ、最後の日まで丁寧に生きて行きたい。
☆久しぶりの庭での写真。こんなことができる幸せを噛みしめながら、行けるところまで行こう。
