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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.852 いかにして生きるか(12月16日)

本を読んでると「いかにして生きるか」という、昔20代が悩んだテーマを今は40代が悩んでいる、というようなことが書いてあった。40代でも少しは悩んだが、公務員という立場は捨てなかったドクターとしては、60代の定年後にこのテーマと格闘している。30代でも40代でも現役中は、次から次からやるべき用事がやってきて落ち着いて悩んでいるヒマがないという感じで、忙しいことは忙しいけど、人生の大きなテーマには深入りしなくても良いという利点はあった。遅かれ早かれ、「いかにして生きるか」というテーマはやってくるということだ。特に定年後は、会社(組織)という枠がないだけに、自由もあるけど自分で一からやりくりしなければならないという大変さもある。年金で最低限の生活は出来る(今のところは)というのは有難いことだが、無前提で「それじゃ何をするか」という問いの答えを見つけなければならないという精神的な課題はより大きい。「贅沢な悩み」と言ってしまえばそれまでだが、悩みに絶対的な尺度があるわけではなく、悩んでいる人はみんな主観的に深い悩みの中にいる。自分の悩みが贅沢と気づけば結構悩み解消に近いかもしれない。今のところのドクターが出している「いかに生きるか」への答えは、「考えてもどうしようもないことは流れに任せて、ともかく今日一日を充実して生きる」というものだ。そして、一日が充実してたかどうかは、「晩飯の一杯が美味しいかどうか」で判断するというものだが、これはまだ模索中の指標でどこまで勧められるかは分からない。

 ☆この前タイヤ交換で整備屋さん事務所で待ってたら急に霰が降ってきた。人生も寒かったり酷暑だったり、雨も降れば暴風もある。どんなときにも対応できる「いかに生きるか」答えを見つけたい。

Dr.851 今日は仕事ですか(12月15日)

午後からの用事のためネクタイを締めて行ったトレーニングセンターで、受付の方から「今日は仕事ですか」と声をかけられた。いつもはネクタイなしの普段着なので、疑問に思ってのことだったのだろう。そこでこちらの答えは「えっまあ、仕事のようなそうでないような」という曖昧なものになってしまった。議会広報の表紙写真を撮る目的で市内のある地域で行われる「しめ縄づくり」を取材しに行くという用事なのだが、仕事と言えば仕事だし、そこで自分が何か特別な役割(写真撮影以外)を求められている訳ではないので、狭い意味での仕事ではなし。結局は、そんな機会でもなければ話が出来なかった地域の方と、地域の課題も含めてお話しできたので、議員として市内各地の課題に触れるという意味では大切な仕事となったわけだが、このように議員の仕事や定年後の生活では、どこまでが仕事でどこからがプライベートを分けるのは難しい。むしろそんな区分けに拘らず、日常全てが「生きる」という意味で大切な用事をしているという思いで、どれも大事にしかし力を入れ過ぎず、たんたんとしかし楽しみながら取り組んで行きたいと思う。

 ☆珍しくネクタイ姿でトレーニングへ行ったので、「今日は仕事ですか」と聞かれたドクター。その後、地域の「しめ縄づくり」を取材に行った。もちろん「生きる」という大事な仕事だ。

Dr.850 あるものがない(12月14日)

今朝は新聞休刊日で新聞がなかった。いつも早朝に菓子パンを食べながら新聞を見るのを日課にしている。今回の休刊日は事前に分かっていたので、今朝は他の本や冊子を読みながらその時間を埋めたが、毎回新聞がないときつい。新聞が配達される普段は、新聞を読むのが当たり前のことだが、いつもあるものが無くなって見て初めてその有難さが分かった。朝食を食べる時にラジオで英会話を流すのも平日の朝のルーチンだが、これもチョット変なところを触って周波数が変わってしまい、今朝はラジオ英会話に戻すことが出来なかった。そんなに熱心に聞いている訳ではないが、BGMとしても英会話がないのは寂しい。そんなこんなで、いつもあるものが無くなった時、その有難さが分かるということを重ねて経験した。毎朝のランニング(ウオーキング)や美味しく食事を頂いたり、一杯飲んだり、熟睡したりすることなど、今のところ当たり前に出来ていることの有難さにも、無くす前から気付いて、感謝しながら出来るだけ長く恩恵にあずかれるように努めるようにしたい。平和や美味しい空気、安全な食べ物など他にもいっぱい、その有難さに気付かなければいけないものはあると思う。できれば今回の新聞やラジオのように、有難さに気付くことはできるかもしれないけど、無くなる体験があまり増えませんように。ちょっと厚かましいけど。

 ☆用事があって普段いったことのないところの景色をみることができた。これも当たり前のことではなく、いろんなものがあるから可能になった有難い体験。

Dr.849 あっという間の時間(12月13日)

同じ時間でも退屈な時間は長く感じ、楽しく没頭している時間はあっと言う間に過ぎるという。ドクターの昨日は苦手なパソコンによるハガキと宛名書きであっという間に過ぎた。宛名書きには年賀状などによく使われている便利なソフトがあるのだが、これがなかなか機械(パソコン)オンチには厄介な品物だ。パソコン教室の先生に指導を受けながら、30枚ほどのハガキを作成するだけで1日かかった。冒頭に戻って、あっという間に過ぎる時間は充実没頭した時間の証だと言う説には違和感がある。不得意な宛名書きソフトを使ったハガキ作りは、流れでやむなく引き受けた役のためのもので、これに時間を取られることは仕方がないことだとしても、決して自分がやりたいこと、望んだ楽しい時間ではない。しかし、流れによる人生派のドクターとしては、流れでこの役が終わるまでは、自分にできるベスト(とは言わないまでもソコソコのこと)はやるしかないと思っている。でもまあ他の急用もなくあっという間に1日が終わったことは、今日は何をしようと悩まなくても良かったわけで、これはこれでアリかもしれない。毎日は勘弁してほしいけれど。

 ☆先週の紙のリサイクルの日に妻から頼まれた紙の運び屋。頼まれごとやその日にやらなければならないことを中心に1日の流れが決まり、あっという間に1日が終わる受け身の生き方。これでいいのかあかんのか自問は続く。

Dr.848 自分を信じる(12月12日)

今朝のテレビで東京オリンピック空手競技日本代表候補の24歳選手を見た。ドクターも40年前空手をやっていたので、レベルは違うが興味深くじっと見てしまった。そこで彼が言うには、アスリートにとって必要な心構えは「自分を信じる」だという。自分の今までやってきたこと(練習)を信じ、その修練の結果自分のレベルが相手に勝てるレベルだと信じて対戦することが大事ということだ。いろんな練習を積み、試合などでも成果を出してきた彼だから言える言葉だと思う。ドクターなどはなかなか自分にそこまで自信は持てない。自分のことは好きだし、人生これまでのところよくやってきたと自分を褒めてやりたい気持ちはあるが、だからと言ってこれからの人生も快調に生きられるという絶対の自信はない。試行錯誤しながらなんとかやっていってほしいという願いは持っているし、それなりの試行錯誤はしているつもりだが、絶対の自信にはなっていない。そもそも絶対の自信を持つことが出来る日など来るのだろうか。「(流れを信じて)流れに任せて生きる」ということでやって来ているが、時々不安になることがある。でもまあ、不安になったり、調子よく行ったりする日々だが、それも含めて流れに任せるしかないと、ちょっと覚悟が出て来た。

 ☆昨日はこの辺りを行ったり来たりしたが、用事も行ったり来たり、そんなこんなの流れで生きている。とても自信がある生き方とは言えない。それでも何とか生きている。今日もそれなりにがんばろう。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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