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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.276 話しかける(2月22日)

この間居酒屋のカウンター席で隣になった人(50代男性)に話しかけた。「この店にはよく来るんですか」「前から気になってたんですけど入るのは今日が初めてです」「私はしょっちゅうは来ないですけど来店歴は長いですよ」「この店は何がおいしいですか」「ここはおでんの店ですよ。夏でもおでんです」「よく飲まれるようですけど身体には気を付けてください」「い い 医者ですか」と話は続き、聞いてみるとこの方は昨年お父様を亡くされ、もっと早くに検診を受けていれば良かったと悔やまれていて、美味しいおでんのネタを教えたドクターに親近感をもたれ早期定期検診を勧めてくれたようだ。その後も定年後の過ごし方や篠山市の話題などで楽しいちょっとした時間を過ごした。このところ運転免許違反者講習や退職校長仲間飲み会に半強制参加させられた若手女子など初めて会った人と話をする機会が続いている。馴染みの人との会話もいいが、このような初めての人との話も結構楽しいことが分かった。定年後定職場がない人の楽しみの一つに初めての人との軽い会話を加えたい。これもなかなかいいのだが、そのためにはいろんな機会に知らない人にもこちらから話しかける勇気と言うのか癖が必要だ。それとこの人は話しかけても大丈夫だという人を見る力も要る。でもそんなに難しく考えないでも、話しかけやすい人は大体雰囲気で分かり、時には向こうから話しかけてきたりする。こちらも話しやすいお調子者というのが相手にもすぐに分かるのだろう。

 ☆神戸の夜景と隙があれば自撮りしたがるドクター。電車の駅内に貼ってあったミスワールドポスター。こんな写真を駅で撮ってると「話しかけやすい人」というよりは「危ない人」と相手はすぐわかるだろう。

Dr.275 出来事を楽しむ(2月20日)

このドクターブログを初めて見る人のために断っておくのだが、この『ドクターのお気楽な毎日』というブログは、放っておくと無味乾燥なものになる定年後のおっさんの生活(おばはんの場合は家事があったり女性群れ力を発揮して結構退屈しない毎日を送っておられる方が多いように見受けられる)を活き活きとお気楽に過ごすにはどうすれば良いか(どういう風に考えれば感謝と上機嫌の心持が持てるか)を自分を実験台にのたうちまわりながらつかんだヒントを惜しげもなく紹介するというコンセプトで出来ている。決して元来ネアカのお気楽な男が余裕で書いているモノではない。ドクターとしてはSNSの巷にあふれる景気の良い話(どこそこに行っただの、だれだれと会っただのの、何々で成功しただのの類)はそれを見る人に元気を与えないと思っている。それよりこんな失敗をしただの、こんな痛い目にあっただのの話の方が落ち込んでいる人には自分と同じくあるいは自分以上に苦しんでいる人もいるのだ、自分はまだ恵まれている方なのでこんなことでくじけずがんばらなければと奮起を与えるのではないかと考えている。自分の器の小ささを暴露するようで恥ずかしいが、少なくともそんな自虐的な辛い話がもう少しブログやフェイスブック等に載っても良いのではなかろうか。
 そんなことで率先垂範してドクターが陥った辛い話を意識的に紹介しているが、今回はスピード違反で免許停止になって違反者講習会を受けてきたという話だ。講習を受けて試験の成績が良ければ免停期間は短縮されるのだが、久しぶりの授業(講義)、緊張感のあるテスト受験など結構面白かった。そしてそこで人の良い若社長や免停常習の映像編集者などと知り合いになり打ち解けたお話ができて楽しかった。定年後おっさんには何より今日することがないというのが良くないが、強制的であるとしても今日することが出来、今日用があるというのは良かった。
 生きていると出会う数々の出来事は元来はプラスでもマイナスでもなく淡々と原因と結果の法則で起こっている(今回であればスピードを出し過ぎていてそこにパトカーがいたので捕まり免停講習を受けなければならなくなった)だけである。それをプラスやマイナスに解釈するのはその人自身に掛かっている(今回の場合であれば、多くの人は「ちきしょう、何で自分だけがつかまるんだ。罰金や講習でお金や時間がとられる」とマイナスに考えるだろうが、ドクターは「違反にはなったが事故で誰かを傷つけなくてよかった。講習も面白かったし役に立つことも学べた。暇つぶしにもなったし普通なら出会わないような職種の人とも話が出来て面白かった」とプラスに考えた。これからも生きているとやってくるであろういろんな出来事を楽しく解釈してお気楽に生きたい。でも出来るなら無理にプラスに考えなくても良い出来事に多く出会いたいなあ(あっしまった本音が出ちまったか)。

 ☆篠山市のまちづくり協議会の研修会参加という出来事。時間がとられるからマイナスなのか、市内各地に住み着いて活躍する若者の話が聞けて元気がもらえたからプラスなのか。

☆田舎に住んでいるという(出来)事。不便で刺激がないからマイナスなのか、自然がきれいでゆったりしてるからプラスなのか。

 ☆本年度PTA役員にあたってしまったという出来事。いろんな会合に出なければならないからマイナスなのか、いろんな人に出会えるからプラスなのか。PTA仲間が営まれている素敵なお店で。PTAやってなかったら訪れることはまずなかっただろう。PTAやってて良かった。

 ☆今回のブログが長文だという出来事。「こんな長い、しかも内容の無いものを読まされてしまった」とマイナスに考えるのか、「ここんとこブログが休みの日もあったのでドクターの体調でも悪いのかと心配したけど、免停にもへこたれず元気なようで安心した。これでもう何日分かを読まされたのでこれからも時々更新がない日があっても心配しなくても良いか」とプラスに考えるかはあなた次第だ。出来れば後者でお願いします。

Dr.274 道連れ(2月18日)

急用で関東まで片道500Km7時間の車の旅に妻と息子と3人で行った。車の運転は好きなのでほとんど一人で(途中一回妻と交代)運転しても苦にならなかったが、それなら今度は一人で7時間をドライブせよと言われたら行ける自信はない。長距離トラックの運転をされている方など仕事は別として、やはり普通の旅は道連れがいた方が良い。途中車窓から見える景色や地名、日ごろ考えていることや昔のエピソードなどとりとめのないことをべらべらしゃべりながら目的地まで行くことができた。帰りも同様にとりとめのないことをしゃべりながら帰ってきた。今回のような車の旅はもちろん、人生の旅も一緒に旅する道連れがあると良いなと感じた。そうは言っても一人旅をしなければならない時もあれば、気の合わない人との旅や気がかり(ブログ更新が滞る等)を持ちながらの旅、目的のない旅などいろんな旅もあるだろう。出来れば気の合う人との道連れ旅が良いが、どんな旅にも楽しみを見つける柔らかさを持ちながら、人生後半の旅を続けたい。定年後の味気ない毎日を救う一つの策が旅かもしれない。でも旅から帰るとまた変化のない日常が待っているし、旅はいいけどそうそう旅ばかりもしてられない。道連れ旅以外の定年後退屈の打開策を見つける旅を続けたい。

  ☆旅では日頃見ないような景色にも触れられ退屈が忘れられる。車窓からの写真は道連れが撮ってくれた。



Dr.273 何もない一日(2月15日)

フェイスブックなどのSNSではみなさんの元気な姿や面白そうなイベントに参加している姿が満載で、定年後特に心ときめくようなことのない特別なことが何もない日を過ごす者としては寂しいような取り残された感を抱くことがある。でも一方新聞やテレビのニュースでは思いげけないトラブルに遭遇したり、事件や事故に遭われた人の話が報じられている。人生には輝くときもあれば失意の時もあるということだろう。調子のよい時に奢らず、不調の時にも絶望しないように心を整えたい。むやみに他人をうらやましがらず、自分の恵まれたところに気付き感謝の心を忘れないようにしたい。とりたてて心ときめくことがなくても、何もないこと(「何もない」と思うということはとりたてて悪いことがなかったということであり、悪いことはあってもそこそこで済んだということだから)の有難さを感じられれば、心暖かく過ごすことが出来る。何もないといっても生きて行く上でのやるべきことは沢山あり、人のためにやれることに取り組める時間もあるということだから、それらを一つ一つ丁寧にこなしながら時を歩んで行けばよい。そういうことだとは思うのだが、また欲や迷いがやってきてなかなか悟りきれない。
 ☆何もない日の何と言うことのない景色の中で変わり映えしない自撮りをするドクター。でも、こんな何もないのどかな日を送れる幸せを忘れないようにしたい。 

 ☆何もない日常、特別でない時間の中で時々嬉しい時間(カモメの飛翔など)に出会える。


















Dr.272 思いがけない幸せ(2月13日)

この「ドクターのお気楽な毎日」ブログは、校長定年後ドクターと名乗り冒険教育指導者として生きる筆者が、どうすればお気楽に機嫌よく毎日の生活を送れるかの気付きを得るために奮闘する姿を赤裸々につづったものだ。人間の一生は何も手当しないで放っておいてお気楽に暮らせるほど甘くない。そこには考え方や毎日の生活の仕方のコツと言うのかお気楽生活へのヒントが必要だ。今回のヒントはお寿司屋さんで起こった。寿司屋と言っても回らない寿司ではなく、回転寿司屋でしかも今SNS等で話題のチェーン店だ。そこへドクター一家は子どものお祝いを兼ねて家族で夕食に来ていた。最近では滅多にないことでそのこと自体が幸せなことだったが、そこでもうすぐ高校を卒業するかつての教え子に出会った。彼女はドクター(当時は絶こうちょう)校長のことをすごく懐かしんでくれ、卒業式に出席すると伝えると本当に喜んでくれた。こんな思いがけない幸せに出会えるのも退屈な毎日を生きる原動力になる。しかし思いがけない幸せを度々期待してはならないし、予期できる幸せでは「思いがけない幸せ」にはならない。「思いがけない幸せ」は「思ってもいなかった」だけに幸せ度は倍加する。これまでの人生経験から「思いがけない幸せ」は滅多にはおこらないが何か月に一回ぐらいは必ず起こる。今回はさらに彼女と一緒にいた私立高校3年生の友達が中3の時に参加したオープンハイスクールでドクターがあいさつ時にマイクコードに躓いてこけかけたのを覚えてくれていた。おっちょこちょいの落ち着きのなさも役に立つことがある。こんなことがあるから毎日が毎日輝いていなくても生きる甲斐がある。新たな気付きがもらえた空いていた回転ずし店内だった。
 ☆高3教え子に思いがけなく出会えて喜ぶドクター。写真は彼女の友達が撮ってくれた。最近自撮りが続いていたので久しぶりに人に撮ってもらう幸せも感じられて嬉しかった。






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