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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.719 共同作業(7月9日)

市議会が終わって気が付くと午後から地域の農事組合法人の共同作業があるという。共同作業は出られないことが多いので、都合がつくときには出来るだけ出ておこうと参加した。今回の作業内容は黒豆畑の雑草防除だ。背負い型の動噴(エンジンで動く散布機)で除草剤を撒いた。7人で3時間ほど作業をしたが、まだ終わらないので次の日もやるという。法人の共同作業は予定を合わさなければならないので大変だ。農作業の場合は天候の急変もあるので、個人なら臨機応変に雨の合間を縫ってできることも、大勢が集まらなければならない共同作業は日時を決めるのも大変だ。薬剤の準備からお茶の手配まで世話役の人の苦労は大変だ。そもそも個人の畑では今頃除草剤を撒かなくてよいほど管理が徹底している。自分の畑と、共同の畑では作業勝手も違う。やはり農作業の共同化は難しい、だが地域営農組織による共同作業がないと放棄農地は増えるばかりだ。共同作業は地域の人と話も出来て良い面もある。難しい面も多い農業協同作業だが、何とかスムーズに動くように工夫を重ね、出来る作業には参加したい。救いは今回の急な呼びかけにも7人が参加するということからもわかるように意欲的な人が結構いるということ、課題はドクター丹後自身が寂しがりの癖に個人志向が強いということだ。

 ☆寂しがりの癖に個人行動が多いドクター丹後が参加した農業法人の共同作業。農業の共同化は課題もあるが成功させたい。

Dr.718 手術(7月8日)

奥歯のインプラント手術を近くの歯科で受けた。数年前にも反対側の奥歯をインプラントにして具合良いのと、どっちみちインプラント入れるなら長く使って元とらないともったいないやろというセコイ理由で、少し揺れてた奥歯を強制的に抜いての手術だった。術後はアルコールを飲むと出血が止まらないから控えるように言われたが、夕食時に少しビールを飲んだ。夜中に出血と痛みで目覚めて痛み止めを飲む羽目になった。顎が腫れるとも言われたが、こちらは元々顔が凸凹なのでさほど分からない。奥歯の切開は2センチほどだったと先生から伺ったが、自分の人生で身体にメスを入れたのは前回のインプラント手術と合わせて2回目ではないか。肝炎や交通事故打撲で入院したことはあるが、身体にメスを入れての手術はしなかったように思う。手術がこの2回だけというのは幸せな人生だ。他にも手術はなかったか思い出そうとしたが、記憶がボンヤリで思い出せない。手術を含めて辛いことがあっても思い出せないというのは、これも幸せな人生かもしれない。今度メスを入れるとすれば、記憶力改善のための頭部切開手術の心配がある。

 ☆奥歯手術を受けたのに、顔が腫れたのかどうか分からない幸せなドクター。

Dr.717 異変(7月7日)

自然現象でも大雨や高温が続く異変が起きていて心配だが、ドクター個人的にもいくつかの異変が起きている。例えばブログで書くことが浮かんでこない。ドクターブログは約717回だが、それまでの絶こうちょうブログを合わせると2000回ほどは書いていると思うが、大体は書くネタがどんどん湧いて来て書くのに困ったことはあまりないのに、この頃は何を書いたらいいのか分からない状態が続いている。今回でネタ切れに困るというネタも使ってしまったので明日からどうしよう。他にも見落としというのか、視界の一部が欠けているのではないかと思うことが2回ほど続いた。視野欠損なら重大な病気につながるらしいので心配だ。さらに一つのことをし始めたら前のことを忘れるという異変が続いている。これも老化と言ってしまえばそれまでだろうが、どこまでこの異変(老化)が続くかが分からないのが心配だ。9月には人間ドックを受ける予定なのでその時にしっかり調べてもらって対処したいが、それまで持つかどうかは心配だ。だがこれらの心配も長く持ち続けられる(忘れないでいる)ことが出来ないという異変も起きているので何とかなっているし、異変も度々起こると異変が起こるのが常態で逆に異変がないと落ち着かないという変な状態になってくる。ともかく、このブログがいつまで続けられるか心配だ、書くことが思いつかないというネタも使ってしまったことだし。あれっ、このフレーズは先にも書いている、同じ意味のことを一つのブログで書くなんて異変だ。

 ☆去年の今頃の「お父さんと一緒」の指導風景。過去の写真を載せるなんて異変だが、こりゃあ掲載写真に困らなくて楽でいい。異変も悪いことばかりではないか。

Dr.716 瑣事(さじ)(7月6日)

新型コロナや大雨で大変な状況になっている方もおられる中、こちらは読書・農作業・次の議会の資料読み・農業資材の購入代金振り込み・役員会のためのお茶購入・ムカデ退治スプレーの購入・サルの発見等の日常の瑣事(さじ・重要ではないと考えられるつまらない)に追われている。日常の瑣事の扱い方次第で人生の幸せが決まるみたいな言い方をされる方もおられるが、とにかく生きている以上日々の出来事は瑣事であろうと重要事項であろうとこなしていかなければならない。百何億年前に誕生した宇宙の歴史から見れば、人類の出来事ましてや一人の人の一日の出来事など多かれ少なかれ全て瑣事かもしれない。瑣事であろうがなかろうが生かされている間は毎日なにがしかの用事があり、それに全力というかその時出来る妥当なエネルギーを注いで片付けていくしかない。瑣事だと見下して手を抜かず、重大事項だと力み過ぎず、たんたんとその時の状況で最善を尽くして(とはいっても頑張り過ぎず)やっていきたい。今回のブログ内容も大したことありませんし、ブログ更新を瑣事と思ってるわけではありませんが、まあ今の私に書ける最善の力でやってこんなものです。

 ☆読書や猿や蛙やミミズの発見。毎日やることや発見はなくなりませんね。

Dr.715 マイナスがプラスに(7月4日)

ある中学校の学校運営協議会へ参加して、オンラインではあったが生徒の声を聞いた。長い間学校へ行けなかったので、「学校へ行けることの嬉しさが分かった」「友達と話が出来ることの有難さが分かった」「当たり前が当たり前でないことに気付いた」等口々にこの間の感想を話してくれた。こちら(大人委員)からは機械の操作に不慣れなこともあって十分に返答できなかったが、今回のコロナ禍がマイナスだけでないことが分かった。先生方からは学校再開後の生徒の学習意欲が以前よりも強くなっているとの報告もあった。ドクター委員は「これまで経験したことのない対応をしなければならない学校は大変だろうが頑張ってください」と普通の発言をしたが、後で振り返ってもやはり子どもたちの学びと言うのか発想はすごいと思った。まだまだ油断できないし手当しなければならないことも多いとは思うが、これからもしなければならないことを出来る範囲でやっていってほしい。一般的には「マイナスをプラスに」と言われるが、これは意識的にマイナス状況でプラス要因を探す働きかけでどこか無理が伴うように感じるが、起こった事態に従っているうちにこんなことに気付かされた、それがプラスの事だったという「マイナスがプラスに」は自然で無理がない。意識的なプラスの発想も良いが、たんたんと起こったことに出来る範囲で対応していく自然体の生き方は、ドクターが推奨する「流れ」や「ご縁」「おおきな力」に任せた生き方で、ここでは「マイナス」も「プラス」もない。起きていることに意義を見出す生き方だ。

 ☆オンラインで生徒たちの意見が聞けたS中学校の学校運営協議会。そこでの生徒たちの気付きも、ドクターがトレーニング更衣室で見せる診察券(トレーニングの会員証と間違えて持ってきた)も事態をたんたんと進めると結構毎日の生活が進んで行く(世間的にはプラスが現れる)ことの表れだ。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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