Dr.640 人に元気を与える(4月13日)
季節の割には寒い雨が降っている。新型コロナも簡単には終息しない。市の絶こうちょう化も含めてやるべきことはいろいろあるのに、思うように事が進まない。こんな湿った状況で元気を無くしかけていた時に、久しぶりに冒険教育関係で元気をもらった。昨年指導した三田市の小学校PTAの方が、ドクターの指導風景が載ったPTA広報紙と改めての礼状を届けてくださったのだ。頂いた広報紙を見ながら、あの時一緒に活動した5年生やら講演会に参加してくださった皆さんの顔を思い浮かべながら楽しい思い出が蘇ってきた。やはりドクターにとっては冒険教育で子どもたちや参加者の方と楽しい時間を過ごすのが生きがいか、いやいやそれも長く続けているとマンネリ化してくる。それよりは運や流れやご縁のまま、やる流れになったことややる羽目になったこと、そして自分が求められている役割に全力で取り組む方がいいのかなどとあれこれ考える。ともあれ、今回PTA広報紙を届けてくださったPTAの方のように、人に元気を与える存在になろう。人に元気を与えることは自分も元気をもらうことになる。ここは一工夫して人に元気を与える道をみつけるぞ。
☆昨年指導したPTA広報紙とお礼の手紙を見ながら、元気と笑顔をもらったドクター。今度は自分が人に笑顔と元気を与えたい。



Dr.639 普通の生活の有難さ(4月12日)
日当たりはあっても寒さを感じる屋外で市内のおじさんが「この頃、長雨や熱い日が続いたりするかと思えば、今日みたいに寒い日があったり。新型コロナウィルスの拡大やら異常な気象や事態ばっかりですなあ」と話しかけてこられた。「異常事態といっても、異常に悪いだけでなく、異常に良いこともあってもいいですのにね」とドクター。そういえば「異常に良いことってありませんなあ」とその人。「もしかしたら何も起こらない普通の日が、普通ではなく、有難いことかもしれませんね」「そうですね、こう異常事態が続くと普通の日の有難さに気付きますよね」と二人の意見は「普通の生活が送れることが有難い(言い換えれば異常に恵まれたこと)」ということで一致した。何にもストレスのないお気楽な毎日の有難さは、お気楽な日々を送っていた時には分からなかったが、最近、市の絶こうちょう(超元気)化に向けて考えたり、やることが多すぎて疲れ気味のドクターにとって、一つ良かったことがあるとしたら、「お気楽な普段の生活の有難さが分かった」ことだ。
☆妻のお義母さんの法事でお世話になったお寺。ご住職をはじめお寺関係のみなさんや親せきの暖かい心を感じた。この暖かさが普通でなく異常に有難いことだと今なら分かる。物忘れが激しい昨今だが。この大事な教訓は忘れないようにしたい。


Dr.638 久しぶりの絶こうちょうブログ(4月11日)
市の絶こうちょう(超元気)化には、ドクター(丹後の冒険ネーム)の考えをもっと多くの人に知ってもらう必要があると、このブログをフェイスブックでも見られるようにしたら、知人約2名から「いいね」と「コメント」を頂いた。そのうちの1名の方は「久しぶりに『絶こうちょうブログ』見ました」とコメントされていたが、これらの事から次のことが判明した。①現在のブログ名は『ドクターのお気楽な毎日』だが、それを以前のブログ名『校長先生絶こうちょう』と間違われるほど内容にほとんど変化がない、②「久しぶりに見た」とはコメント頂いたが、その後「やっぱり面白いね」とか「相変わらず感動するね」とか続かないのを見ると、ブログ内容は相変わらず「面白さ」や「感動」に欠ける、③反応して頂いたのが2名、しかも旧知の方ばかりということは折角フェイスブックで見られるようにしても、内容がこのようにショボくては一挙に拡散しない、と、ここまで書いて根本の疑問が生じた。そもそもこのブログを拡散したからと言ってそれがどうして市の絶こうちょう化になるのかということだ。市の絶こうちょう化については考えなければならないことが多いが、ここにもう一つ考えなければならないことが増えた。
☆散る桜を見ながら、新型コロナでマスクをつけるのは自分が感染しないためではなく、もし自分が感染していた時他人にうつさない為の配慮のためだった。ドクターブログをもっと多くの方に見てもらえれば市が絶こうちょうになると思ったが、マスク着用と同じくそれが何のためなのかという根本を考えなくてはならないということが分かった。「何事も根本を考えることを忘れてはいけない」これは間違いなく絶こうちょう化には必要なことだ。


Dr.637 おざ~す(4月10日)
ドクター(丹後のニックネーム:ドクター丹後『どくだんご』から来ている。決して医者でも何かの専門家でもないが、自分のことを「ドクター」と呼ぶと少し気持ちがいい)は、最近、前校長経験を活かして地域の絶こうちょう化に取り組んでいる。前校長経験を活かすと言っても、「いつも校内をウロウロして生徒と遊んでいる」「前例や常識にとらわれない言動で職員から注意される」経験ではなく、「学校や生徒の良さを内外に発信して、生徒の自信と学校の入学希望者を増やす」等、市の活性化にも応用できそうな経験の方だ。ともかく昨日の朝も交差点で朝のあいさつ運動をやったが、通る車や自転車に「おはようございま~す」を連呼していると、しだいに「おざ~す」のような発音になるのが面白かった。途中から「おざ~す」では心が伝わらないのではと「おはようございます」に戻そうとしたが、どうしても数多く言っていると「おざ~す」が勝ってくる。そんな時どこからか小さな声で「お・は・よ・う・ご・ざ・い・ます」が聞こえてきた。探してみると、対向車の車の中から小さな子供がドクターにあいさつを返してくれていた。心が伝わる言葉で嬉しかった。やっぱり言葉は省略せず心を載せて発しなければいけないことを子どもに教えてもらった。あれっ、子どもから学ぶ経験は校長時代もたくさんあった、これも市の絶こうちょう化に活かせる前校長経験だな。
☆昨日は市内中学校の入学式で新中学生が学校に向かっていた。やっぱり子供姿を見ると元気になる。いつも子どもが行き交う「絶こうちょう」のまちを目指したい。


Dr.636 元気回復のために(4月9日)
丹波篠山市の絶こうちょう(超元気)化をめざして動き回りすぎたのかチョット元気を無くしかけていたが、少し休んだり弱音を吐いたのが良かったのかまた元気が回復してきた。「そんなに簡単に回復するんかい」というツッコミは聞こえてきそうだが、大丈夫またすぐまた何かの拍子に落ち込むと思います。単純かつデリケート(自分勝手にデリケートと呼ぶ人あり)がドクターの特徴だ。元気無くし中にもいろんな用事ででかけた折に、まちのいろんな方から元気をいただけたのも大きい。ちょうどその時、ラジオから狭い空間で長い間隔離生活を送る宇宙飛行士の健康維持メニューが紹介されていたが、それによると①ルーチン(いつもやること)を守る、②体を動かす、③家族や知人の声を聞く、④目的意識(使命感)を持つ、の4つが大事らしい。新型コロナで外出が制限されている人たちに向けての放送だったようだが、どれも落ち込み中のドクターには効いた。特に家族や知人の声を聞く(接する)というのは良かった。やはり人間は一人では生きていないということだ。
☆まちの本屋さんからはドクターが好きな作家の本が入ったと連絡をいただいたし、まち協などで一緒に活動していたみなさんからも「元気出さなあかんよ」と激励をいただいた。 やっぱまちの人は暖かい。今日もボチボチがんばっていきましょう。







