Dr.1730 大学空手道部(9月20日)
このほど大学空手道部創部70周年記念誌が送られてきた。懐かしい先輩・後輩たちが多数寄稿している。ドクターも短い文を寄せさせてもらったのだが、読んでいると懐かしいあの頃のことが脳裏に浮かんでくる。
「人生の宝物」というタイトルで空手道部にかかる思いを綴らせてもらったが、本当に空手道部は人生のあの時期の宝物だと思っている。大学卒業後も思わず高校教員になって空手道部顧問になり、自分自身も国体に出るなどした。その後も校長になってから、いろんな式で演武を披露するなどしている。ごく最近でも恥ずかしげもなく、武道大会あいさつで空手道着を着て、ヌンチャク振ったりしている。このいい加減さは当時とあんまり変わっていない。
人間の本質はそう変わらないものだということも改めて分かる。大学時代の当時も主将もやったが、新入生相手の勧誘会で、ビン切(水を入れたビール瓶のくびれた部分を空手の技の手刀で切るというのか、ぶっ壊す)をやったが何度かやっれも切れないので、地面にたたきつけて割って笑いを誘った。今とあんまり変わらない自分がいた。
そこからいろいろあって、といっても自分の意思だけでないように思うけど、仕事も人生も展開して行って今に至る。結局、どうなるかは流れに任せて、自分らしく、自分も周りの人も喜ぶことをやって行きたい。そんな感じです。当時の後輩もたまに、ドクターブログ見てくれているのを記念誌の記事で知りました。ご縁の不思議を感じます。感謝。押忍(オッス 空手道部あいさつです)。
☆写真のないドクター寄稿文。
Dr.1729 趣味(9月19日)
昨日は時間はあったのに、接続不調でブログ更新できずすみませんでした。今日は今のところ順調なようですが、上手く更新できるかどうかは、人生と同じで最後まで分かりません。なるべくは更新したいけど、宿命に任せます。これも人生と同じです。
さて、今回のテーマは趣味で、昨日も書こうと思っていたやつです。というのもその前の日に、男声合唱団のステージを見て、そこで活き活きと歌われている同年代から、その上の先輩方の姿に感銘を受け、やはり趣味と言うのか、好きな時間を過ごせるものがあるのは生きる上でいいもんだなと思ったからです。
ドクター人生を翻っていろんなものを趣味としてきたけど、どれも長続きしていません。まず思いつくのは、狂言でこれは20年ほどやりましたけど数年前にやめてしまいました。次には冒険指導、これは趣味と言うとちょっと違うかもしれないけど、10年以上好きで続けていました。今も「ささやま冒険教育(HAP)」の看板を上げたままですが、しばらく指導に行ってないし、もういいかなって感じです。
他にも、一時は映画観賞や古文書、英会話も好きでやってました。これらは機会あれば、また始めたいとは思いますが、そんなに強い意欲があるという訳ではありません。
では今何が好きな時間かと言うと、トレーニングや農作業で汗を流した後の一杯です。これも趣味と言えるかどうかわからないけど、今の人生の楽しみです。夕方の一杯が楽しみだなんて、大きな声では言えないし、これとていつまで続けられるか(主に医療的見地から)分からいと言う不安はあるけど、これまた人生と同じで、というのか人生そのもので、生きて見てその時の状況によってなるようになるしかないかなって感じです。
そうそう、こういうどう生きるかっていう生き方を考えるのも結構好きです。これって趣味と言えるんでしょうか。
☆趣味や生き方を考えながら聞かせてもらった、舞台(前)。想像よりも多くの方が来場されていました。
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Dr.1728 やりたいこと(9月17日)
映画字幕翻訳家の戸田奈津子さんが自分のしたかったことは、この仕事だったというようなお話をされていた。
自分を振り返って、はたして自分はどんな仕事がしたかったのだろうかと考えて見た。高校教員がメインだったが、最初から先生がやりたかったわけではない。大学は法学部に入ったほどだ。
就職を決めなければいけないタイミングで、家庭教師の経験もあって、教職に就いた。これとて、採用試験受かっていなければ、公文数学塾に就職予定だった。
その後、いろいろあって大学院や教育委員会、そこで出会った冒険教育と、その時その時は面白いものに出会ったが、ずっと永遠にそれがやりたいというほどではない。講師の経験や人前で話すのは好きだが、それでずっとやっていくほど腕前があるわけではない。農業やトレーニングも長くやっているが、それがメインのやりたいことという訳でもない。
そう考えて見ると、戸田さんのように自分が特にこれがやりたいというものがあるわけではないと言うことが分かった。多くの方もそんなものではないだろうか。特に苦手な分野は別として、その時々の流れ・要因で自分がやる流れになったことを精一杯やって行く。そして人生が進んで行く、そんな感じではないでしょうか。
特にやりたいことがある人は、それに向かっていけば良いし、とりわけてそういうものがなくても生きていける。だからといって、人生をなげやり、消極的に生きるのではなく、与えられた場所で自分の個性を発揮して全力で打ち込む。そのことでまた別の場がやってくる。
そうそう、取り分けて夢ややりたいことがなくても生きていける、毎日を機嫌よく生きることの大切さを子どもたちに伝えたいという思いは今も結構強く持っている。せっかく生まれてきた人生、機嫌よく、自他にやさしく、たんたんと生きて行こう。このメッセージは機会あるごとに伝えて行きたい。それがわたしのやりたいことという訳でもないようには思うのですが、結構強く思っています。
☆百姓ドクター。結構おもしろいですが、このために生きているのでもないような。
Dr.1727 アンチエイジング(9月16日)
テレビで60歳過ぎてから通訳の勉強を始めて70歳代の今も通訳として活躍している人や、90歳の今も働いている人の姿を見た。年齢よりも、その人の性格や生き方と言った要素の方が大切と言う話も聞いた。
齢をとると、老眼になったり身体に不調なところが出てきたりはする。だからといって精神的にも落ち込むのでなく、年齢はひとまず脇に置いて、自分らしくやりたいことをやりながら生きるということが大事なようだ。
いつまで生きられるかは自分で決められることではないので、それは大きな流れに任すとして、自分の心掛けなければならないことは、今の自分の出来る範囲で、自分らしさを活かして、自分のやりたいことややらなければならないこと、やる羽目になったことをやっていくということだろう。
そうは思っていても、心身の不調が急に襲ってくるかもしれない。健康には気を付けるものの、気を付けていれば絶対大丈夫というものでもない。不調になったらなったでそれを受け入れ、その状況にあった暮らし方をするしかない。
人間誰も将来のことは分からない面もある。出来るだけの備えはしながらも、やってきたことは受け入れながら、前向きに進んで行きましょう。こだわり過ぎず、柔らかく、楽観性を失わずいきましょう。人生なるようになるし、なるようにしかならない。
☆修理からもどってきたコンバイン。予定通り行かなくて大変でしたが、何とかはなりそうです。
Dr.1726 アレ(9月15日)
プロ野球阪神タイガースの18年ぶりのアレ(リーグ優勝)が決まった。岡田監督が優勝のことをアレと言ったので話題になった。選手に優勝を意識させないためらしいのだが、私ら高齢者もよくアレという言葉は使う。
それは物の名前が直ぐに出てこないからなのだが。「アレ」とか「ソレ」とか、「あの人」とか「名前忘れたけど」とかはよく使う。もの忘れはどこまで進むかが分からないので不安になるけど、覚えていることもあるし、嫌なことも忘れるという利点もあるので、そう心配し過ぎずに自然に任せるしかない。
かつて親父が物忘れが始まった時に大騒ぎして病院にかかり、当時まだ珍しかった薬を飲んで体調が悪くなったのを見ているし、その後薬飲まなくても日常生活に大過なく過ごしていたのを覚えているので、余計にそう思う。
中には齢を取っても細かなところまでよく覚えている人がいて「すごいな」とは思うが、真似をしようと思ってもできないし、いつまでも嫌なことも含めて詳細まで覚えているのは大変な面もあるので、やはり自然に任せるしかない。
人生の選択も含めて自然というのか大きな流れに任せてきたドクターとしては、その有難さと、それに任せることへの信頼の気持ちが強いので、これからも自然と大きな流れに任せて行きたいと思います。それしかないし、それで十分。この世に生かさしめていただいているのもそうなのですから。
☆祝スポセントレーニング3000回。だいたいですけど、一応自分なりに毎回つけてきた記録が3000回になりました。こんだけトレーニング通えるのも、健康や職場環境も含めて、大きな意志のお陰です。感謝して、やるべきこと(やる使命を与えられたこと)を自分流に果たさせて頂きます。ぼちぼちですけど。