Dr.646 挑戦の朝(4月19日)
令和2年4月19日、いよいよ丹波篠山市の絶こうちょう(超元気)化に向けて、ドクター(丹後)の挑戦が始まる。ここ数カ月、市の絶こうちょう化に向けての思いや悩みを綴ってきたが、その集大成が何だったのかが今日明らかになる。これまでのお気楽ブログと違った内容になってきたのを変だと思う方も多かったと思いますが、今日から(詳細は明日から)その中身が何だったのかドクターの挑戦の姿をこのブログで発信していきたいと思いますが、何せ初めてのことですから、その時間がとれるかどうかは分かりません。でも初めてのことに挑戦することで、人は必ず成長したり何かを学んだりする姿は、これまでの冒険指導で見てきました。今度はドクターが自分自身の番です。このスタートラインに立てた喜びとそれを支えてくださった地域の皆さんや家族に感謝しながら全力で戦っていきます。どうか皆さんドクターの挑戦にご支援のほどよろしくお願い申し上げます。がんばりま~す。
☆この看板と蛍光オレンジジャンパーで何をどう戦うのか、その姿は明日からこのブログで発信(そのつもりですけど)。とにかく全力だしてがんばります。
Dr.645 相談しやすい人になる(4月18日)
丹波篠山市の絶こうちょう(超元気)化を達成するには一人ではできない。「多くの人の協力を得るためには独断ではいけない」との厳しい意見を頂いた。ドクター(丹後)本人としては決して自分のことを独断人間とは思っていないが、傍から見てそう見えると言うなら気を付けなければならない。ただ今回の新型コロナ対策の各首長の対応などを見ていると、決断しなければならない時には自己責任で厳しい決断をしなければならないことが分かる。相談と決断の兼ね合いが英断か独断かの違いになるということか。周囲の人の意見を聞きながら修正をしたう上で最後の決断は自分でしなければならない。その決断が独断にならないように普段からいろんな人が相談しやすい人格を磨くのと人の意見を取り入れよりよい解決策を磨いていく柔軟な姿勢が必要だと痛感した。これからも耳の痛い意見を自分の成長に行かせていきたいと思うと同時に、時々は元気の出る言葉をかけてくださるのも期待したいしてしまう甘ちゃんドクター。まだまだ成長の余力があるということでしょうか。
☆地域の堤防の状況を見ながら、人が相談しやすい人格を磨くためにはどうすればいいかを考えるドクター。その視線の先は遠い。
Dr.644 やっぱり笑顔(4月17日)
いよいよ丹波篠山市の絶こうちょう化に向けて、一歩進んだチャレンジをする日が近付いてきた。知人から「今日も朝、交差点に立ってはりましたね」と連絡が入ったり、新聞社から「コロナ対策はどうしますか」と尋ねられたり、あれやこれやの準備で結構疲れてきている。それでもまちかどに立ってあいさつしていると、車の中から礼や会釈を返してくださったり、笑顔を返してくださったりする人が結構あって、やっぱり笑顔をもらえる。そうなるとドクター(丹後)の笑顔もより大きくなり、それでまたより大きな笑顔が返ってくる。笑顔の応酬、笑顔の好循環だ。人口減対策でも、まちづくりの担い手確保対策でも、人口減が止まったからお店や会社が戻ってくる、お店や会社が増えたからより人が移住してきて街に活気がもどってくる、まち協や若者が校区でおもしろい企画を始めたから人が集まるようになり、集まった人の中から新しい企画が出てきてそれを中心になってやろうという人が出てきて担い手が増える、担い手が増えるとその校区に活気が出てさらに担い手が増えるみたいな好循環が起きる。ポイントは笑顔の場合のように、先ずは自分から疲れや悩みがあるにもかかわらず笑顔をつくるように、自分から能動的に動き出すことだ。まずはドクター自身このチャレンジを最後まで笑顔でやりとげたい。
☆昨日は夕方もある商業施設の前で笑顔のあいさつ運動をやったが、このお店のシンボルカラーもドクタージャンパーの色と同じでかぶっており、これでは店員さんが来客の御礼をしているようにしか見えない。生きて活動しているとホンマに笑ってしまうような出来事に時々出会う。それでまた笑顔になれる。
Dr.643 水利組合長でいいの(4月16日)
3月までは流れと言うのか天の意志(人生が自分に求めること)に従って、校長を定年し、冒険教育と百姓をメインにお気楽な毎日を送ってきたが、この4月からはその天の意志により丹波篠山市の絶こうちょう(超元気)化に向けた活動をしている。この方向が自分に合っているのかどうかは今のところ分からないが、これまでも「自分の夢」や「自分がやりたいこと」よりも、「流れでやる羽目になったこと」や「ご縁でそういう立場になったこと」を精一杯やる姿勢で生きて来て結構充実していた。やはり天の意志に従う生き方に間違いはない。第一無欲なドクター(丹後)は「自分が特にやりたいこと」や「絶対こうでなければならない」というこだわりがない。ところが今回、市の絶こうちょうを推進するという課題に加えて地区の水利組合長という大役をやる羽目になった。水は農業従事者にとって命なので、そんな大事なものを扱う水利組合長をこんなお気楽百姓ドクターに出来るはずがないと思って固辞したが、諸事情・諸流れからそうなってしまった。やる羽目になったことはやるというのが生き方なので出来ることを全力でやるしかないが、地域の皆さんにご迷惑をおかけしないか心配だ。周囲の人に頼って助けられて生きるというのもドクター流なので、何とかこの大役も流れが変わるまで頑張りたい。
☆早速、水利組合役員の皆さんと地域の堤防や揚水ポンプを点検したが、初めて見ること知ることが多く、ドクター水利組合長でいいのという不安は募るばかりだが、ここは天啓を信じるしかない。ただ前組合長の説明を聞かず写真を撮っている場合ではないことは確かだ。しっかりがんばれドクター。
Dr.642 農業高校の復活(4月15日)
先日ある新聞記者の方が、前校長経験を活かして「絶こうちょうの丹波篠山市を」と唱えるドクター(丹後)に、「東雲高校はこの先どうなるんでしょうか。市立にしたら何とかなりますか」と尋ねられた。ドクターが初代校長を勤めた県立篠山東雲高校がここ数年大幅な定員割れが続いているのを心配されてのことだ。市内をウロウロしていると、東雲高校出身者や身内が卒業生だという人に出会うことが多い。分校時代も含めるとかなりの卒業生が市内で活躍されている。東雲高校は農業高校だが、卒業生は農業だけでなくいろんな分野の会社で働いたり自分で事業をされたりしている人が多い。農業高校は「農業を教える」のと共に「農業で教える」要素が大きい。「農業で教える」とは、農業の学習や実習を通じて、命を育むことの大切さややりがい、共同作業が多い農業実習でチームワークの大事さや現場作業の厳しさとやりがい等他の分野でも通用する多くのことを学ぶ。こうした農業高校で培った体力や人間力で社会人として活躍できる基礎を培っているのだ。今後ますます農業とそれを支える農業高校の役割は大切だと考える。しかし昨今の子どもの数の減少、丹有地域における農業関連学校学科の多さ等から、篠山東雲高校の先行きは楽観できない。今後は農業(高校)の大事な要素を活かした従来と違う発想での持続発展策を考えなければならない。ものの本質(大事なエッセンス)を忘れないで柔軟な発想でピンチをチャンスに変えていくのは、まさに「前校長経験を活かした市の絶こうちょう化策」の肝だ。何が大事かを忘れないようにすることの大切さを校長経験で学ばせてもらった。
☆先日の風雨で倒れた選挙ポスター掲示板も復活し、谷川から引水しているうちの庭の水もポンプアップで復活して元気な流れを復活した。農業高校もその本質を押さえた復活方策があるはずだ。