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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.454 健康は手段か目的か(9月19日)

定年後に必要なものとして、①生活費、②健康、③生きがい、という人がいる。また、別の人はこの説に納得しながらも、健康はあくまでも何かを達成するための手段であって、それを定年後人生の目的にするのはおかしいと言われる。その人は③の生きがいを持ってバリバリ講演や著作活動に励んでおられるので、健康はあくまでも③生きがいを達成するための手段であることを忘れてはいけないと言われるのは分かるが、特にこれといった生きがいがなく生きている人にとっては、毎日を元気よく特別な痛みやケアがなく送れることを目標・生きがいにすることもありではないかと思う。生きがいはあるにこしたことはないし、「生きがいある人生」って格好いいとは思うが、生きがいがあろうとなかろうと寿命までは生きねばならないのだし、死んでしまえば同じような気もする。そりゃ生きがいがあった方が活き活き生きられて良いと思うので、生きがいがある人にわざわざそれを捨てろとは言わないが、問題は生きがいは欲しいけど見つからない人だ。生きがいが必要だからと、無理にこれが生きがいだと思い込もうとしてもやはり無理がある。それに生きがいってその時は分からなくても、後から振り返ってあの頃はあれが生きがいだったんだなって分かることもあるように思う。今これと言った生きがいが見つからなくても、とりあえず健康に毎日を過ごすことを目標に生きて行こう。こっれって健康が生きがいっていうんですよね。
 ☆特に生きがいは無くても、元気に動き回れて、村の人の稲刈りや村に沈む夕日や自分の黒豆畑を見て回り、黒豆のさやが結構大きくなったのを見つけた時って幸せを感じます。by Doctor

Dr.453 来年は良い年やで(9月18日)

今年の稲刈りは田んぼがぬかるんでいて、コンバイン(稲刈り機)が思うように動かずどの農家も苦労されている。勿論、軟弱農家のドクターも率先して苦労した。そんな中、村の人と話していると一人の人が、「今年は大変やったけど、来年は良い年やで。百姓の知恵や」とおっしゃった。これまでの経験から同じような気象状況が連続することはないから言われているのかと思ったらそうではなくて、何の根拠もないけど調子の悪い年が毎年続くかもしれないと思ったらしんどくてやっていけないので、次の年は良い年になると信じ込むのだという。わざと楽天的に考えて精神の安定を図るということが百姓の知恵だという。その人は夜寝るときにも「今日も一日いろいろあったけど、こうして布団に入って寝ることが出来る。明日はきっと良い日になるぞ」と思って休み、朝起きた時には「今日もきっと良い日になる」と思って1日を始められるという。定年後に子どもも巣立っていれば、毎日の生活は贅沢をしなければ何とかなる。ワゴンタイプの軽自動車で寝泊まりしながら、自分の興味のある土地を旅したりするとも言われる。意識的な楽天思考といい、趣味を生かした生活といい、身近なところに定年後生活の達人がいた。見習うべきところは見習いながら、ドクター流の過ごし方を見つけたい。道はもう少しのような気もするし、遥か先のような気もする。ぼつぼつ行くしかない。
 ☆快適な定年後生活に思いを巡らしながらも、とりあえずは今日しなければならないことをするということで、収穫したコメを農協まで運びました。結構幸せかも。

Dr.452 季節を感じる(9月17日)

普段は定年後充実生活のセオリー通り「きょういく」で、今日行くところを作るために今日の用事を埋め込み今日が何月なのか何曜日なのかもあまり意識することなくバタバタ過ごしているので、季節や時間の経過を感じることはないが、時折何かの折に季節や時間の経過を感じることがある。最近では、中秋の名月や秋の運動会、村総代10年間ご苦労様会などだ。中秋の名月の翌日の満月を見てもう秋なのかと感じ、中学校の運動会に来賓参加してやはり熱いけど秋だよなと感じた。5期10年間村の総代を勤められたTさんのご苦労様会に参加し、Tさんにはいろいろお世話になった、自分も村や地域の役に関わって10年にはなるのか等と時間の経過に思いを馳せた。村の人はみんな顔見知りで相対的な年齢差やそこから来る序列は変わらないので時間が止まったようだが、かつてはその場にいたあの人・この人がいなくなられているのに絶対的な時間の経過を感じる。代々受け継がれてきた村の役を自分達も担わなければならないとは感じるが、それぞれ担う役が違う。お調子お気楽者のドクターにはどういう役が回ってくるのかは分からないが、季節の移り変わりのように自分の季節には自分の役を無理ない範囲で演じよう。
 ☆生徒数は減ったが、昔と変わらぬ中学生の元気な姿をテントの中から眺めながら、季節と自分が過ごしてきた年月を感じた束の間だった。その後はまたバタバタ季節感曜日感なし日常が続いている。

Dr.451 ビーガン(9月16日)

ビーガンという完全採食主義の方に出会った。ビーガンというのはベジタリアンよりも徹底した菜食主義で牛乳も卵も食べないらしい。音楽家だという彼はもう何年もこの主義を貫いていているらしいが、スマートではあるがやせ細っているという感じではない。タンパク質は大豆から摂取して、米は玄米らしい。外食は難しく、どこへ行くにもお弁当が欠かせないと言われる。ヨガもやられ、路上ライブで生計を立てているというインドの修行者さながらの風貌の彼(30代)は、間違いなく今の日本ではあまり見かけないタイプだ。同調性の強い日本社会で、これほどユニークな生き方をしているとさぞや暮らしにくいのではないかと心配するが、ここまで飛んでいるとそんな余計な世間の圧は関係ないのかもしれない。多様性が大切だと思うドクターとしては、特異な生き方・見かけだが、礼儀正しく丁寧な応対のできるこのビーガンを応援したいと思う。自分も現役時代は異端の校長と言われ、旧来型を重視する校長界からは陰に陽にプレッシャーを受けたが、自分のスタイルを貫き自分がその業界で年長になった時には、随分生きやすくなった。この音楽家ビーガンも自分の生き方を貫き、日本でもこんな生き方もあるということを認めさせてほしい。いろんな制約もある(彼はその時出された「エビせん」も海老が入っているからと食べなかった)このビーガンのような生活は、雑で適当に生きるドクターには到底できないが、エビせんをほおばりながら自分と違う生き方・価値観を認め合う社会の実現は大事だと強く思ったのだった。
 ☆ビーガンであろうと「エビせん」大好きおっさんであろうと気持ちよく生きていける多様性を認め合う社会が大事だ。

Dr.450 素晴らしき隣人(9月14日)

今朝ランニング(お散歩という人が多い)をしていると2~3軒下のSさんに出会った。ドクターより2~3歳上の方だが、その人が獲ったばかりのイチジクを「これ食べへんか」と差し出してくださった。しかも一番熟した大きなやつをだ。「いや、私の家にもありますから」と断ったが、自分家の分だけ獲っているドクターとしては恥ずかしくなった。恥ずかしさをごまかそうと「うちは何とか稲刈り終わりましたが、Sさんとこはどうですか」と田舎では最もポピュラーな田んぼの話へ話題を振った。「大方は刈れたけど、まだこけたとこ(稲が倒伏しているという箇所という意味)はそのままや」と言われる。「雨が降って田んぼ乾かなくて大変ですね」とドクターが同情すれば、「いやあ、田んぼが乾いて刈れる時に刈れたらいいんや。米なんてようけ穫れても穫れなくてもそんなに変わらんしな」と平然と言われる。最後は米価が安いのを自嘲気味に言われたのだが、日々の様子を見てもマイペースで農作業を進められ、本当に農作物の穫れ高に一喜一憂されていない様子がうかがえる。定年前に辞められ、悠々と農業と趣味の生活をしながら、誰もが嫌がる村の役を沢山勤めておられる姿や何事にも「そんなん大したことない」と動じられない言動には学ぶ所が多い。ドクターの隣人(村の人)には他にも学ぶべきところを持った素晴らしい人が多く、自分も早くその域まで成長しなくてはと焦る気持ちもあるが、幸いなことには皆さん小学校からの先輩で、ドクターはいつまで立ってもその人たちからすると「(可愛い所もあるけど)しゃあない若造やな」で済むところだ。自分のことを「可愛い所もあるけど」と注釈する辺り、まだまだ甘ちゃんである。
 ☆この間の市日本遺産・創造都市会議であいさつするドクター。一応委員長をさせていただいているが、識見のある委員の皆さんから比べると、まだまだ甘ちゃんだ。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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