ささやま冒険教育

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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.470 Good luck(10月7日)

トレーニングで一緒になる市内中学校ALTが何度も自動車運転免許の実技試験で落ちているというから、帰る際にいつもなら「See you,again」(またね)というところを今回は「Good luck」(幸運を祈ってます)とあいさつした。彼は「ありがと ございます」と答えた。そう、ドクターと彼の会話はいつも英語使いたがりのドクターがいい加減な英語で話しかけ、もう何年も日本にいて結構日本語ができる彼が日本語で答えるというパターンが多い。それはともかく、「ここ(丹波篠山)の冬は寒いので車が欲しい」(最初は英語だったがドクターの理解が怪しいと踏んで途中から日本語で言いなおしてくれた)と言う彼に、次回こそきっと合格してほしいが、試験になると緊張してうまく行かないという日本人(ドクター除く)みたいな細やかな神経の持ち主なので心配だ。ドクターは試験や本番に強いというわけではないが、本番に臨むと緊張する余裕もなくドタバタ勢いでやってしまい、結果は神に祈るというタイプだ。そして神のご加護により今日まで何とかやってきたので、間違いなく自分は神と言うのか宇宙と言うのか大きな存在に守られていると信じている。もちろん試験に落ちたこともあるが(校長試験含む)、結果的にはいろんな巡りあわせで結構面白い人生を送らせていただいている。自分が全力でやった後に起こることは、自分はついてるのでその流れに従っていれば大丈夫と信じられれば、ジタバタしなくてもいい。問題は時々「本当に自分はついているのだろうか。このままで大丈夫だろうか」という不安が持ち上がってくることだが、それはそれで仕方がないのでどうしようもない。どうしようもないことはどうしようもないので、あまり考えすぎないで、次の本番に向けてまたドタバタ「えいっや」と取り組むだけだ。
 ☆深まりゆく秋景色を見ながら「自分はついている。ありがとうございます」と一息つくドクター。Good luck だけを頼りに歩んできた人生を振り返る。

Dr.469 お調子者の校長です(10月6日)

時々トレーニングで一緒になるかつての教え子が、一緒に来ていた職場の同僚にドクターのことを「この人は自分が高校の時の校長で、テレビにも出たこともある」と紹介した。「どんなテレビに出たん」と聞くので、「こんなお調子者の校長がいるというやつや」と答えると、「ふーん、お調子者のやつか」と納得している。ここは普通「そんな番組ないやろ」と突っ込まんかいと思いながらも、その後の彼らの話を聞いていると、その友達は高校はもちろん、小学校も中学校も校長など覚えていないという。別の友達も普通はそうやと同調している。改めて、かつての生徒が自分のことを覚えていてくれること、さらには得意げに友達に紹介してくれたことの嬉しさを噛みしめる。ただその特徴が「お調子者の校長」ということだけなのを申し訳なく思う限りだ。だが本当はお調子者の校長としてテレビに出たのではなく「嘘のような本当の話。卒業式で大笑いする空気の読めない校長」ということで取材を受けたのだが、そんなに変わりないか。ともかく、生徒の心の中に今も当時の思い出が生きていることの有難さに感謝しながら、期待を裏切らないように今度出会った時もお調子者の退職校長として元気な姿を見せなければと決意を新たにした。
 ☆丹波篠山黒枝豆の販売が解禁になって早速田んぼの中で機械で葉っぱをとって枝豆を収穫する姿が見られた。お調子者の元校長ももうすぐお調子者の現百姓として手で枝豆を取り始めます。欲しい方はメールで注文してください。600g=700円

Dr.468 でも・しか先生(10月5日)

ドクターが高校生の時には「でも・しか先生」と言われる先生方が多数おられた。今では信じられないかもしれないが当時は教職の人気がなく、「先生にでもなろうか」「先生にしかなれない」と言われた人たちが先生をやっておられたのだ。中にはもちろん学識豊かな方や人格高潔な方もおられたが、中には今では考えられないほどユニークな方々も多数おられた。ズボンのベルトの代わりに縄を巻いている先生。数学の問題を解いていて行き詰ると「おい、答えどうなってる」と生徒に問題集の解答を見させる先生。半年間、各グループで図書館などで調べさせ、後の半年で各グループごとに発表さる倫理の先生など個性的で人間臭い方々が一杯だった。こういう先生方に学んだお陰で「先生と言っても自分達と変わらない普通の人だ。失敗もすれば可笑しなことも言う」と先生を特別視・別格視しなくてすんだ。だから特別優れたところのない自分でも先生が出来るかもしれないと先生の道へ進むことができたのかもしれない。世の中には変な人も含めていろんな人がいるし、別にそれで良いんだと思うこともできた。少し前のように先生人気が高く、特別優秀な(試験に強い)人で無難な(特別目立つようなキャラでない)同じようなタイプの人ばかりが先生では、生徒もやりにくいだろう。カムバック「でもしか先生」。幸い最近では教職の倍率が下がって、いろんな人が先生になるチャンスは増えてきた。個性的で多様な人が先生になって、それぞれの味を活かして子どもに接してほしい。子どもに対する愛情だけはかつての「でもしか先生」のようにあってほしいが。
 ☆「でもしか先生」であろうと、ドクターのように「自分が楽しむ先生」「流れで先生」であろうと子どもや参加者のことを大事にする気持ちは持っていてほしい。

Dr.467 モチベーション表裏(10月4日)

何かやる時にはモチベーション(動機・動機付け)が必要だが、モチベーションには表(建前)と裏(本音)がある。ファシリテーター仲間で話していて、太りすぎ防止のためにどう運動するかという話題になった時、運動した方が良いのは分かっているけどモチベーションが見つからないという話になった。ドクターが得意げに「自分は40年以上朝ランニング(周囲の人はウォーキングと言う)と一日にもう一回ジムか農作業で汗を流すようにしている」と言ったところ感嘆の声が沸き起こったが、そのモチベーションは健康維持とか体形維持とかという表のものよりも、汗を流して美味しいお酒を飲みたいという裏のモチベーションの方が大きい。以前ヒット曲「スバル」や「遠くで汽笛を聞きながら」等でお馴染みのT村新司さんに音楽の道に入った動機を直接お伺いする機会があったが、「女の子にもてたいため」とおっしゃった。勿論「歌で人を幸せにする」というような表の動機もあったとは思うが、人の動機は複雑で結構人には言わなくても裏の動機の存在は大きいと思う。モチベーションは表でないといけないということはない。表であろうと裏であろうと行動を起こすことが大切で、その行動によって自他が幸せになればいい。さあ皆さん、何かのモチベーションを探して自分のそして人のためになる行動を始めましょう。
 ☆ドクターの冒険指導のモチベーションも子どもの喜ぶ顔が見たい、子どもと一緒に楽しい時間を共有したいからやってて自分が楽しい、自分の居場所・生きがい探し、講師料が欲しいまで表から裏まであってどれか一つには決められない。

Dr.466 濃いメンバー(10月3日)

久しぶりで嬉野台生涯教育センターのHAP指導に入った。自然学校の小学5年生約60人を6人の指導者で担当した。6人のうち5人は嬉野常連組のおっさん指導者達(49~62歳まで)だ。6人目は滅多に嬉野台の指導には来ない女性だが、会うなり「今日は濃いメンバーで緊張してます。よろしくお願いします」とあいさつした。ドクターとしては自分以外のおっさん達は指導経験も人生経験も濃い人たちだが、自分は歳はいってても軽くさわやかに生きている人なので「濃いメンバー」には入っていないと思っていたので「濃いのは私以外やろ」と聞いたら、彼女に「いえ、ドクターも入ってます」と言われてちょっと心外だった。が、そんな気持ちを吹っ飛ばすような素晴らしい子どもたちだった。濃いおっさん指導者達も各自自分のこだわりの味を出して子ども達と嬉しそうに関わっていた。ドクター班で最も感動的なシーンは二日目のハイエレメントで起きた。10m位の高さに横たわる柱を渡ろうとして上に上がったけれども恐怖で膠着して動けなくなった女子児童に、班の子ども達が彼女を励ます歌を歌いだしたのだ。そしてその歌声は段々大きくなって周りで活動していた別の班の児童も加わって歌いだした。するとその歌声に励まされるように、上の児童が柱を渡り出し遂に渡り切ったのだった。そして彼女が下りてくると大きな拍手が沸き起こり、その後は何事もなかったように各班の活動が再開された。絵にかいたような感動シーンにドクターをはじめ濃い指導者仲間はみんな心を打たれた(あっどさくさに紛れて、自分も濃いメンバーであることを認めてしまった)。濃いメンバーは生き方は濃いが、みんな子どもと関わるのが好きなピュアな仲間たちだ。大切にしたい。
 ☆柱の上で固まってしまった仲間を励ます歌を下で支えている子ども達が歌いだした。こんな感動的なシーンは初めて見た。こんなことがあるから冒険指導はやめられない。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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