ささやま冒険教育

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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.177 余生の過ごし方(10月26日)

市の戦没者追悼式に参加したとき、かつてお世話になった元校長先生にお出会いした。この方は退職されて、4~5年になられる。そこで早速「退職後の人生(余生)の過ごし方」についてお尋ねし、ドクターは冒険指導が暇なときは時間を持て余して困っているという話をすると、「自分もそうだったが、3年もすると慣れてくる」と言われた。これは救いのある言葉だ。ドクターはまだ余生1年目で、しかも忙しくなくなってまだ2~3ケ月なので、まだまだ悩み期間と言うのか、自由時間になれる試行錯誤期間が十分でないのだ。その方は現職時代には持てなかった予定の無い毎日の有難さを感じながら、お孫さんのお世話や、ご自分の健康維持、村の役員と草刈り等で毎日が過ぎていくと健康的な笑顔でおっしゃった。その後お会いした先輩退職校長たちにお聞きしても、この健康維持と孫の世話と農作業がポイントのような気がする。でもこれらなら、ドクターは孫の世話を除いて既にやっている。気付かない間に正統派退職後余生生活を送っていたのだ。後は慣れの問題かもしれない。

☆これまで使っていた愛用カメラが故障して修理中のため、先日の冒険指導の様子を担当の先生に撮っていただいた写真を、カメラが復帰するまで掲載させていただきます。本文とは関係なく、同じ場面ばかりで飽きてこられるかもしれませんが、後は慣れの問題です。

Dr176 じゃんけん禁止(10月25日)

自然学校(小学校5年生)の冒険指導を嬉野台生涯教育センターで行った。1日のプログラムの終わりの方にハイエレメント(高い所での活動)を実施したいという学校側の要望で、この時間枠では全員のチャレンジ時間は取れないので、各班から1名のチャレンジする人を選ばなければならなくなった。もちろん選ぶのは子どもたちに任せるが、チャレンジしたい人が多く、最初子どもたちはじゃんけんで決めようとした。じゃんけんは遊びとしては面白いし、深いものがあると思っているが、意思決定の仕方としては安易な面がある。同様に話し合いもしない多数決も意思決定の仕方としては安易な面を含んでいる。冒険指導者としては、話し合いで、譲ったり、対立したり、葛藤したりしながら決定し、自分たちで決めた人はみんなでその人を応援する経験をしてほしいので、チャレンジをする人を選ぶ際のじゃんけんを禁止した。すると子どもたちは話し合いをはじめ、ある班などは、自分がなぜチャレンジしたいのかを各候補者が述べ、それを聞いた上でメンバー全員で判断するということをやっていた。やればできるのだ。子ども達に(じゃんけんを禁止したうえで)任せて良かった。このようなやり方は普段学校ではあまりやらないのかもしれない。もちろんこうしたやり方は学ぶ点も多いが、すべてではないことを私達冒険指導者も心得ておかなければならない。生きていく上では時間的制約や諸事情によりじゃんけんで意思決定するのが必要な場合もある。誰でも自分のやり方がいつも正しいと思ってはいけない。特に自信過剰のドクターは自分に謙虚になる必要がある。

☆自然学校の冒険教育開会式と活動の様子。

 

☆じゃんけん禁止で仕方なく熱心に話し合いをする子ども達。

 

Dr.175 ポテンシャルの高さ(10月23日)

M高校の「遊び講座」の指導を行った。8名の高校生がこれから小学生を指導する準備として、2時間の冒険遊び講座を行った。普段の授業とは違う変なおっさんの適当なやり方にはじめは戸惑っていた感のある男子5名女子3名の生徒達だったが、次第に笑顔と意見が出始め、2時間の終わりの方には最初とは打って変わった雰囲気になっていた。ドクターの出すイニシアティブ(課題解決型ゲーム)も簡単に解き始め、感想も強制しないのに全員が心のこもった振り返り気付きを出してくれた。最初にあまり意見を出さない硬い集団と思ったのはドクターの勘違いで、彼ら彼女らのポテンシャルは高く、個性もそれぞれ違っていて、それを組み合わせていけば良いチーム、良い小学生との交流プログラムを成し遂げ、それを成果に大学に社会に飛び立っていくことは間違いない。後は経験を重ね自分たちのポテンシャル(潜在能力)に自信をもって、何事にもチャレンジしていってほしいと願うだけだ。もう少し生徒たちの成長につき合いたい気持ちと、短時間だからできる濃密な付き合いが出来た喜びと、今後も長く生徒たちに関わり支援されていく先生のご苦労を思った。何よりも短時間だからこそボロを見せずに済んだとチューインガム型指導者(チューインガム型についてはブログDr.なんぼか参照)ドクターは喜んだ。それにしても、生徒たちのポテンシャルとそれを引き出すドクターの手腕はすごい。どう生徒の皆さん、この能天気な自信も見習い将来の指導者を目指せ。

☆ポテンシャルの高さを見せるM高校2年生。楽しい時間をありがとう。

 

 

 

Dr.174 余裕の青パト(10月23日)

夜に青パト(青色防犯パトロール)で地域を回った。運転手のおっさんと助手席のおっさんと後部座席のおっさん(ドクター)の3人で、運転手のおっさんの車に防犯を呼び掛けるスピーカーと青色回転灯をつけて小学校区を回った。今はドクターの田舎では黒豆の枝豆出荷が最盛期で、多くの家が朝早くから夜遅くまで作業をされている。この運転手のおっさんも大規模に受注して黒豆枝豆を出荷されているが、その中で、この地域の防犯ボランティアは最初から休む気はなかったと言われる。パトロールが終わってからまた豆の作業をされるという。そんな忙しい中の1時間半ほどのパトロールだったが、終始余裕のある態度で隣のおっさんと世間話をしながら巡回し、終わってからも直ぐに帰って作業をするなどいう様子も見せず、余裕の歓談を続けている。朝早くからの黒豆袋詰めと明日の冒険指導の準備で出来ればパトロールをさぼろうかと考え、何とか参加したものの、作業の疲れと明日の心配から雑談にも身が入らず、そのうち後部座席で寝てしまい、パトロール後は「後のこともあるので今日はこの辺で」と歓談を打ち切らせたドクターとは大違いだ。後のことがあるのは、ドクターではなく、運転手のおっさんなのだ。ドクターはこのことから、やはり人間にはジタバタせず今やることに余裕をもって取り組む態度が大切なことをさとったが、帰ってすぐ寝て、早朝に起きてバタバタ豆の袋詰めや今日の冒険指導準備をやっている。余裕の生活はまだ遠い。

☆この前の黒豆パーティーとお宮さん駐車場ソフトの写真と次の日テントやコンロの後片付けをバタバタするドクター。

 

 

☆バタバタ片づけをしている時に、石畳に顔が作られているのを見つけた。子ども達が作ったのか、青パトおっさんの余裕共々この余裕を見習いたい。

 

Dr.173 速すぎる時間(10月22日)

同じ時間でも楽しい時間は速く過ぎ、嫌な時間や退屈な時間は過ぎるのが遅く長く感じるというが本当だ。昨日の気の合う友人一家との黒豆バーベキューパーティーはあっと言う間に時間が過ぎた。午前11時過ぎからの開始だったが、気が付いたら今朝だった。その間、楽しい酒ありトークやおいしいバーベキュー、みんなで田舎道散歩やお宮さん駐車場でのソフトボールや酒あり片付け、酩酊、泥酔、午後7時就寝などいろいろあったと思うがあっという間に過ぎ、今朝二日酔いの目をこすりながら起きて、昨日の楽しいひと時は本当にあったのかしらんと思い出す始末だ。なんせ気の合う友人がこれまた気の合う友人を連れて来てくれ友達の輪が広がった。しかも3軒ともおっさんと奥様と子どもたちも一緒という家族のつきあいができ、好天気とうまい肉と酒があって、おっさん同士子どもたち同士奥様同士の交流もあり、黒枝豆も他所は不作と言われる中何故かドクター畑はそこそこの出来で、こんなに嬉し楽しの要素が重なったものだからか、時間はいつもの2倍3倍100倍の速さで過ぎ、酔いと認知機能の低下も相まって、気が付いたら次の日の朝という状態になってしまった。楽しい時間はゆっくり、嫌な時間は速く過ぎてもらいたいものだが、そうは問屋が卸さない。今回身にしみて感じたように、楽しい時間は速く過ぎる。これからの人生楽しい時間ばかりで行きたいが、この理屈から行くと、楽しいばかりの人生はあっと言う間に終わることになる。あんまり早すぎる終わりも嫌なので、ここはやはり時々は大変なこととも格闘しながら程よい時間間隔で人生時間を進めよう。

☆楽しい時間は速い。時間よとまれ。おっさんと子どもたちの記念写真、奥様方を撮る勇気はなかった。ここは酩酊の中にも理性あり。

 

 

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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