Dr.1184 有難い(2月6日)
ありがとう、有難いの語源は仏教の「有ることが難い」(めったにない)から来ているようだ。仏教ではそもそも人間に生まれること自体が、あまた生物がいる中で滅多にない幸運で感謝すべきことと教えている。
一般的には「有難い」「ありがとう」は、滅多にない好意を受けた時などに発したり、感じたりするが、このコロナ禍でこれまで当たり前にできていたことが出来なくなって、従来当たり前と思っていたことが多くの幸運がつながってできていたということが分かった。
私たちの通常の日常が実は有難い(めったにないこと)だということに気付かされたのである。コロナ禍の制限や災難は辛いことだが、日常の有難さに気付けたことは意味があると思う。
これからは日々の暮らし・出来事に感謝の心をもって、丁寧に味わいながら過ごしていきたい。そうすれば自分も周囲の人も暖かく生きやすくなると思うから。
「喉元過ぎれば熱さを忘れる」の言葉もあるように、「コロナ過ぎれば感謝の心忘れる」にならないように気を付けたい。
☆昨日通りすがりに見た池の鴨。もし鴨に生まれていたら、鴨の人生(鳥生?)を生きるしかないが、折角人間に生まれて来たのだから恵まれていることを忘れず、人の人生、自分の人生を感謝しながら生きて行きたい。