Dr.2222 弱い主体性(3月10日)
今日読んだ新聞に(多分昨日の分ですけど)、「弱い主体性」というタイトルの記事があった。ドクターの言っている、「ご縁や流れ」この頃言っている「風」も、この「弱い主体性」と言ってもいいような気がする。
「弱い主体性」は、消極的、受動的で、積極的な自己はないと書かれていたが、時に(被災時やしんどい精神状況の時など)必要なことがあるということを言いたかったのだと思う。
積極的な主体性を推奨する傾向があって、それはそれで間違っていないと思うが、それが当てはまらない状況、人もいる。そういう場合、そういう人でも、前向きに生きて行くには、消極的でも受動的でも自分で動いていくという弱く小さな主体性が必要である。
さらに言えば、ドクターの場合は「流れとご縁に従って生きる」という生き方を積極的主体的に選び取って生きているという思いもある。こういう生き方を選ぶと言うことが自分にとっては生き易いと思って積極的に選び取っている。
何にせよ、積極的であろうと消極的であろうと、生を紡いでいくには「自分の人生を生きて行く」という思いというのか、ある意味の主体性が必要なことは間違いない。
皆さん、自分にあった主体性で、自分の生を紡いでいきましょう。できれば前向きに。
☆昨日の夕景色。だいぶ明るくなってきました。今日も流れとご縁が良い方向に導いてくれますように。良い風が吹きますように。やっぱ、これって積極的ではないですかね。
