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丹後まさとしの絶こうちょう日記

Dr.1871 予定のない日(2月18日)

 昨日は久しぶりに何の予定もない日だった。予定が詰まっているのも大変だが、今日は何をしようと考えないでいいという利点もある。

 ずっと予定のない日が続くなら、そういう日々をどう充実させるかについて真剣に考えなければならないが、ドクターはたまたま予定が割とある日々を送らせてもらっているので、時にポツンとある空白の日・時間をどう過ごすかの訓練が出来ていない。

 何やかやと考えているうちに時間は過ぎるが、考える時間を持て余すなら、考えるよりも行動・身体を動かす方が良いと本にも書いてある。こういう生き方の本を読むことに時間を使うというのは得意としているが。

 なんせ、時間を持て余して元気を無くすのは良くない。先ずはどんなことでも行動(本を読むのも含めて)に結びつけるのが良い(自分には合っている)ように思うので、身の回りのことからどんなことでもやって行きます。こんなんでいいんでしょうか。皆さん、どうしてはります。

 ☆まだカメラ直ってませんので(この頃は直すよりも新しいのに交換するらしく、業者から新しいのを送るという連絡がありました。勿論お金は結構かかりますが)、5年前の今頃のやつです。こんなアルバムを観てたみたいですね。ほっこりしますけど、最近とんと見てません。こんなの見るのもいい時間の使い方かな。

Dr.1870 こどもに元気もらう(2月17日)

 ちょっと空き時間が出来たので、旧知の職員がいるこども園に立ち寄った。昼休みにコマまわしをしていた5歳児たちが早速声をかけてくれ、仲間に入れてくれた。

 「これ回して」と紐を巻いたコマを渡してくれたり、「自分で回してみて」と紐を巻くところからやらせてくれたり、「対決しよう」とどちらが長く回せるかや回っているコマを持ち上げる競争をしたりした。

 「名前は」と尋ねられたり、「だじゃれ言ってみて」とせがまれたり、最後は「じゃこの辺で失礼します」と言ったら、「失礼せんといて」と別れを惜しんでくれる。

 こんな人懐っこい子どもたちと接していると元気をもらう。旧知の職員にも、「時々来て子ども達と触れ合って元気もらってください」と励ましてもらった。

 やっぱり子どもがいる現場はいい。ドクター自分がそんなに子ども好きとは気が付かなかったけど、振り返れば長く子ども・若者と触れ合う仕事に携わってきた。自分で気が付くつかないにこだわらず、自分の長所や居場所や機嫌がよく成ることや場を大事にして行きたい。それが一番自分にとっても、社会貢献にも良いことだと思うから。

 皆さま、今日もぼちぼち自分の機嫌がよくなることを大事に過ごしましょう。

 ☆5年前の今頃。機嫌よくやってたようですね。写真だけ見ると。

Dr.1869 鈍感(2月16日)

 「この頃寒さに強くなった」と言ったら、奥さんから「それは鈍感になっただけや」と言い返された。ドクターとしては、冬の初めはまだ体が寒さに慣れていないので寒く感じることも多かったが、だんだん寒さに体が慣れて、防寒着なんか特に着なくても過ごせるようになったので、寒さに抵抗感が出来て「寒さに強くなった」と思っていたのだが。

 奥さんが言うには、齢を取ると何事にも感覚が衰え、感じ取る力が衰えるのだという。だから暑さ寒さにも鈍感になっているのだと言う。

 老化を言われるのはちょっと癪だが、「鈍感」そう悪くない。むしろ「鈍感力」と言ってもいいくらい。寒暖だけでなく、人からとやかく言われるのにも鈍感になって、いちいち落ち込まないとしたら、むしろ鋭敏よりも生き易い。齢を重ねることで、無くなるものも多いけれど、生き易くなる面もある(と思いたい)。

 その一つがこの「鈍感力」かもしれない。自分の思い通りにならなくても、それにとらわれ過ぎない。自分と合わない人ともそれなりに深入りしないで付き合っていける。こうした「とらわれない力」「こだわらない力」なども味方につけて、より生き易くなることを目指したい。

 皆さん何でも完璧には行きませんけど、ボツボツ少しでも生き易いようにして行きましょう。あっ、これって「ボツボツ力」でしょうか。

 ☆これも昔の写真ですけど、こんなこともあったんですね。「忘却力」か。

Dr.1868 春気分(2月15日)

 季節外れの暖かさで、冬だというのに春気分。冬の時期の「春気分」いいもんですね。実際の春だと、農作業やこれからの業務のことなどあれこれ考えて、そんなにゆったり構えていられないと思うけど、この農閑期、本当なら寒くて何もやる気がしない厳寒期に、思わぬ「春日和」「春気分」、寒さの中のぬくもりもあってか、心が理屈抜きで弾みます。

 この弾んだ気分も、毎回だとそう弾まないかもしれないけれど、たまにあったたまたまの「春日和」ということで、なんかこう心が浮き立った。

 そうですね。何でも、いくら良いことでも、毎回、その状態がずっと続くと、感激が薄れて来ます。感謝の心もそうだと思いますけど、今の状態に慣れてしまうと、その有難さが薄れてしまう。無くして初めて、その本当の価値に気付くということは間々ある。

 「春気分」も「感謝」も、それを忘れないように、今あることの有難さ、今感じられることの有難さを噛みしめながら生きられれば、日々の暮らしが心豊かになると思う。

 いいこと気付いてもすぐ忘れてしまうというのがドクターの弱点だけど、年齢を重ねた年の功として、今回の気付きは長続きするように努めたい。この決意も嘘ではないけど、こんな決意もこれまで何度かしたような。それも明確に覚えていないという大まかさが自分らしさでもあると思ってますけど。「自分らしさ」にも、そんなにこだわりません。これ最近学んだことです。いつまで覚えてるか自信ないですけど・・・・

 ☆まだカメラ直ってませんので、5年ほど前の2月の写真ですけど。やはりこの時期、春の訪れ(梅の蕾)を伝えたかったようです。かつては、写真データをパソコンに入れてたようです。いつまで入れてたかよく覚えてませんけど、やってることや考えてることはそんなに変わってないような。

Dr.1867 入れ歯に合わす(2月14日) 

 作家でもあり武道家でもある方の「入れ歯に口を合わせる」という言葉を知った。普通は削ったり調整したりして口(身体)にあった入れ歯をつくるものだが、それでは又歯茎が痩せたりしたら入れ歯を作り直さなければならない。そうではなくて、入れ歯に口を合わせるようにする。最初は違和感あるかもしれないが、その内馴染むことが出来れば、例え口腔内の条件が変わってもこれまでの入れ歯でやっていけるというのだ。

 もちろん、入れ歯の話は一つの例えだが、その時々の状況(条件)に自分が合わせていくというのは一つの生き方(考え方)として大事なことだ。人は年齢や諸状況によって仕事や生活環境が違って来るけど、そんな時「自分らしさ」とか「自分の思い」にこだわらず、その時々の状況に合わせてそれに合った生き方をしていくということだ。

 ドクターこれまで、「その時々のご縁や流れによってやってきた状況で自分らしく精一杯でも頑張り過ぎずにやっていく」というようなことを言って来たが、ここでいう「自分らしく」も、その時々の状況の中での自分らしさと言うことで、どんな状況でも変えない「自分のやり方」とは違う。

 固定的な自分のやり方・考え方に固執していると、状況が変われば合わなくなりしんどくなる。その時々の置かれた状況で、最適の自分の歩み方を柔軟にみつけていくことの大事さを言っているのがこの「入れ歯」の例えで、ここで今一度柔軟にその時々のベストを生きる生き方の大事さに気付かせてもらった。

 これからも、その時々でできる最適な生き方で生きる、これができればどんな状況になろうとも心配はいらない。今日も柔らかく、自分を今の環境に合わせて行きましょう。

 ☆カメラ修理中の為、新しい写真がありません。これ前にも使ったかもしれませんけど、以前にSDカード不調を訴える写真です。その後カードは買い替えたけど、今度はカメラが故障するとは。人生どんな状況になることもありますが、その状況で出来ることをやりましょう。ということで今日の写真はこんなのです。こんなもんかな、その時々に最適の生き方って。

  • 丹後まさとしの絶こうちょう日記 ドクターのお気楽な毎日(~2020年4月)

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