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ドクターのお気楽な毎日ブログ

Dr.156 意味が分からない(10月2日)

昨日、町で後ろ向きに歩いて帰る小学生を見かけた。車が通る通りからは一本奥まった道路だから、交通安全的には絶対危ないということでもないが、後ろ向きに歩いている意味は分からない。多分、いつも前向いて歩いているのに飽きたのかもしれないし、好奇心かもしれないし特に意味はないのかもしれない。意味が分からないということで言えば、この頃毎日行くスポーツセンターのベンチに座って一人でしゃべっているおっさんも見かけた(同じような傾向はあるがドクターではない)。口の中でブツブツつぶやくというような程度は超えて、身振り手振りも交えてはっきりとしゃべっている。「誰と話しておられるのですか」と聞こうとして思いとどまった。「けったいなおじさんをそっとしておくことができない変なおっさん」の絵が目に浮かんだからだ。しかし、考えようによっては、この小学生やけったいなおっさんの行為は評価できるのではないか。世の中、意味を求めすぎているのではないか。何の意味もないけど「やりたいからやる」「やりたいという明確な意思もないけど自然とやっている」ということがあって良い。これが完成すれば悩みから解放される。一風変わった小学生とおっさんを見て思いついたことを書いてみたが、この文章にも特に意味はない。

☆特に意味はないけど撮ってみただけの写真。意味を書こうと思えば書けるが、無くても生きていける。

Dr.155 どこを走っても(10月1日)

これまでの人生で、旅行や交流や仕事の合間などにいろんなところで走ってきた。遠くはハワイやアメリカやオーストラリア、近くは猪名川道の駅やJR相野駅周辺など、滞在先や車で走っていて走りやすそうなところなどを見つけると走ってきた(ドクターカーには常時着替えとランニングシューズが積んである)。先日もかつての同僚の皆さんと宿泊宴会をした翌朝、近くの公園を早朝ランニングした。どこを走っても景色はもちろん違うが、走っている間の爽快感や、走り終えた後の「これでおいしいビールが飲める感」は変わらない。これらのために走ってきたと言えるし、大げさに言えば「これらのために走るために生きてきた」とも言える。大げさで良ければ、「ブログを書くために生きてる」とも、「おいしいコーヒーと一緒に菓子パンを食べるために生きてる」や「スポセンでトレーニングした後のビールのために生きてる」などいくつでも挙げられる。ビールと菓子パンがメインなことでもわかるようにどれもあんまり高尚でないが、「高尚な人生の目的がなければ生きていけないということはないことを実証するために生きてる」とも言える。理屈はともかく、今日もどこでもランニングやトレーニングなど好きなことをしながら平凡な楽しさを味わって生きたい。

☆心置きなく話せる旧知の同僚と楽しい時間を過ごした後のどこでもランニングは格別だ。

☆久しぶりに妻と行った10割蕎麦のお店でビールと冷酒を楽しむという小市民的幸せを味わうドクター。これはめったにない極上の幸せでした。妻には大きな声で話すな、何でも写真に撮るなと叱られたけど。

 

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